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2016
11/20

小さな秋を見つけに南三陸町入谷へ


初めての「十割そば」は最高だった。
南三陸町入谷「松笠屋敷」のばっかり茶屋で、そばイベントがあり新そば打ち立てを食べに行った。
入谷の首藤さんは先輩であるが、友達の友達として御付き合いをしている。一昨日、突然の「そば食いに来い!」と電話がきた。用事も無かったので入谷地区の紅葉を見に行きながら、食事をしてきた。
厨房は来客に大わらわで、お昼と重なり次々と来客の対応をしていた。十割蕎麦と茶碗蒸し・天ぷら・デザートまで、地元の生産品満載で、満足のいく蕎麦御前だった。そばつゆも甘すぎず丁度良く、「蕎麦湯」がまた最後に良かった。
志津川の「そば打ち」の原点は、戸倉の小学校前の電気会社が震災前にあった。その社長さんに教えられたと言う人が多い。現在は新潟に住んでいる。首藤さんはわざわざ南三陸町に、社長だった「中津渡さん?」を呼び、自宅に宿泊させ十割蕎麦打ち方の指導を受けて、今回のイベントに臨んだと言う。十割蕎麦を打つのは難しく大変だと話す。
手打ちの打ち立て蕎麦は歯ごたえがあり、蕎麦切の技も本職なみで、素晴らしく綺麗なできだと感動した。庭の落ち着きもさるものながら、古き豪農のたたずまいと歴史の伝承に触れてきた。
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今日までの蕎麦イベントで、子ども達を連れて家族で行って見てはどうだろう。
蕎麦打ちは志津川町で、その指導を受けた人から人へ受け継がれ、そうした想いを馳せて食べると又格別な物だ。亡くなった一つ下の後輩も弟子だったと聴いていた。伝統として脈々と残り続けるだろう。中津渡さんも年を取っただろう。

午後1時からの本浜地区の方の葬儀では、「じいじぃありがとう!」の孫の弔辞に、参列した人たち皆が涙した。会葬御礼では喪主が、何も言わない無口な父だった、「ああしろ、ここしろ!」と言われなかった。現在は漁師として父と同じ仕事をしている。父ともっと話したかった。と涙なからに父との思い出に、多くの涙が本堂を包んだ。

俺はしあわせだ! 父と今は二人暮らしながら、震災後に母を送り出し、何時でもいっぱい話ができる。いろいろな形で「今、しあわせ。」でいる事を瞬間を感じている。そして、これから何ができるか考え、実行をしている。「一生勉強」「社会勉強」は父から教わった。


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