2016
11/13

総ての宗教は「愛」

昨日の土曜日は気になっていた事を解決し、南三陸町の町民の支援と、その団体への父の支援があり、上映会の活動に参加した。

26年4月に移転し、浴槽のパイプ掃除もせずにこれまで来て、パイプからの汚れが気になり、洗浄剤を購入し初めての清掃をした。今日のお風呂はきっと綺麗で入れると思っている。
貯まっていた洗濯物は大がかりで、9時に干した物の晴天であるのに厚めの物は乾かない事を知った。

また、室内での写真撮影の手振れで、写真が良く撮れていない事が気になり、2年前から少し良い物をと考えてはいたが、会社と生活の大変さから延び延びとなっていた。今回は大枚をはたいてキャノンの「EOS」を買った。震災前から使っていた物と同じで、カメラに関しては震災前と同じになった。良い写真を新聞やブログ・フェイス・ツイッターなどに掲載していきたい。

石巻の帰り昨日の月は雲もなく、近年になく綺麗に感じた。今日のニュースで数10年の一度の「スーパームーン」だと言っていた。何気なく感じた月の状況に、偶然に偶然が重なり、その天体ショーに巡り合えた。こうした何気ない事を幸せと感じる自分がここにいた。

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昨日はキリスト者手島郁郎の祈りという、「日本よ永遠なれ」のドキュメント上映会に行った。父が活動の拠点として我が家を提供したのが、茨城県水戸市や仙台からのこの人達だった。
私は無宗教者だと思っている。多くの宗教があるが、どれに入信している訳でもなかった。どちらかと言えば我が家は仏教の「曹洞宗」である。私は家族の幸せ、世界の平和、人類愛を何時も思っている。私もまだ心の緩み未熟さから、我が道という「邪心」「我欲」が時々身を持ち上げてくる。そんな時に色々な事や、多くの皆さんの声や活動により、人として進むべき道に修正されている。
手島郁郎の活動を私なりに考えた。キリスト伝道者として、大和魂の素晴らしさを伝え、戦争の悲惨な状況下で多くの人達の苦しみを聞いた。その集まった人たちの共感の声が、叫びや合掌・手をかざす等、共に助け合いの心を持ちましょうと説いた。日本に古くから信仰されている神社・仏閣での、伝道会には宗派を超えた、人類愛の輪が広がっていった。しかし、それは彼の信じるキリスト教が基本となっていた。
キリストが誕生したイスラエルへの、アラブ・シリアの戦線布告に、戦争の反対を日本での反戦活動に、多くの日本国民がデモに参加した。ナスチのユダヤ人の弾圧に対し、ヒトラーの政治を批判し、暗殺されそうにもなりながら、自分の信じた事を最後まで貫いた。それは苦しみ助けを求めている人への、心の救済であり実現しなくても少しでも心を癒す事に邁進した。

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現在多くの問題が世界で起こっているが、人間はいったい何処に突き進んで行くのかと私は思っている。一番大切なのは「相手を思う事」「相手を気遣う事」であり、それは相互愛であると思う。政治家の独裁的な政治の、国民を守る為と言われているが、何処かで国民が無くなってしまっている。
手島の生き方は最後まで信じる事を貫いた。こんな生き方を私もしたい。成果は望めなくても、町民の為との「精神」に恥じる事は決してない。
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