2016
11/05

町の復興は日進月歩


半年ぶりで志津川西地区に行って見た。災害公営住宅への転居も始まり、硬岩が高台の造成地に見つかり、西地区東工区の工事の半分が遅れていた。親戚筋の従弟も年内の土地引き渡しの話に、もっとかかるのではと思っていたのが、昨日に造成整地はすっかり整備を終え、引き渡しを待つばかりの状態だった。従妹も年内に工事が始まればと、早期の住宅再建で両親を新築した家へと、早期移転を願うだけだ。
東工区の高台から眼下の廻館前の復興を見た。中学校下は橋脚が建設中で、志津川地区の高台横断道路の建築が進んでいる。震災時の私が見た風景とは、復興で町が一変した事に、嬉しいようで故郷の風景が消えて行く姿に、気持ちの戸惑いも感じられる。
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昨日も登米市南方へ友達と会いにいった。残っていた方が集まっていて、「千葉さんしばらくぶりだごだ。」と声を掛けてくれた。町の移転先は来年の1月と3月と聞いた。南方仮設は1期と2期で、整備仮設は350戸で、現在は150世帯を切ったとの話も聴いた。
先月は2020年の東京五輪のボート競技場に、長沼ホート場が候補となり、村井県知事が選手村の構想で、仮設の有効活動の案で、南方空家の仮設を利用したモデルハウスの建設をし、小池東京都都知事の視察で、南三陸町の仮設生活者が、「歓迎」の横断幕で出迎えた。その時の状況を聴くと、付添の東京都・宮城県の職員と、多くのメディアで住民が小池都知事は見られなかったと話していた。話題の人も五輪・築地市場・都連の問題の多忙の中で、昨日に100日目となった。日本で一番忙しい人である。
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