2016
10/31

ある日の一日


やっぱり人の賑わいを見るのは嬉しい。友達の「上棟式」には歌津中学校裏の団地には、既に子育て拠点と災害復興住宅、60世帯前後の土地区画があり、7割は既に建設中か、もう既に居住が始まっていた。3時頃に祝い唄も終わり、四隅に大きな餅が撒かれ、「餅まき」が始まった。3時を過ぎには近所の人達と、子供達が集まって来た。新しい地区の賑わいが始まった。近所付き合いもここからスタートする。
この日は芸能祭・産業フェア・三陸道開通式など、町に多くの行事が開催されているが、それでもこんなに多くの友人・知人・近所が集まってくれた。

以前から歌津地区の繋がりは深く、震災から5年7か月が経っても、生まれ育った町を離れる人が、南三陸町の地区の中で流出が少ないのも、歌津地区の住民の繋がりは蜜である事を示している。
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大川小学校の石巻市の賠償が裁判で判決がでた。しかし石巻市長は控訴を決めた。議会の決議が必要と「臨時議会」を昨日開いた。「これ以上家族の悲しみを無くすべき。」など、多くの議論がでて、傍聴席では遺族がその様子を見つめていた。議員の駐車場入口で「反対するよう。」に遺族は、亡くなった子供達の写真を添え、お願いし語り掛けた。
結果は石巻市議会26名の議員の内、控訴賛成が16で、反対が10の賛成多数で控訴する事に市は決めた。もう一方の県は石巻市の態度を見極めたいと知事は言う。大震災の緋劇は未だに終わらず、遺族の涙に濡れる姿があった。この姿に防災庁舎の存続問題を思い出す。

防災庁舎の解体では当初8対7で解体が決定し、その後の県有化で保存へと賛成多数で議会が「県有化」を決定した。ここでも遺族の悲しみに暮れる姿があった。南三陸町でも大震災の苦しみは今も続いている。

住宅再建が進み、登米市の南方仮設で南三陸町民の「さようなら会」が先ごろ開催され、町長と自治会長がこれまで長かった仮設暮しを話し、「悲しいような嬉しいような」と自治会長は話す。今年中には土地の引き渡しがあり、住宅建設での再建をする住民は、建設へと南方を去る気持ちへと、新たな厳しくも喜びのスタートとなる。

現在も160世帯の町民が住み、一人また一人と退去していく。今年・来年度、仮設が無くなるまでと住民の思いは不安だろう。
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