2016
10/20

教育改革は優しい子に寄り添う事


青森県黒石市の中2女子の列車への飛び込み事故が、大人の利己主義の為に再び悲しみのどん底に家族を追い込んだ。
「ストレスに耐えられない。」「いじめはもうやめてください。」など、中二の女子のまだ小さい心は、追いつめられたが家族を思う心は最後まで健在だった。いじめをした生徒の名前を携帯に書き留め、学校へのいじめの対策を願い死んでいった。亡くなった生徒の想いは、教育委員会と学校側には伝わっていない気がする。いじめで亡くなった生徒より、加害生徒の今後を配慮するいつもの経緯をたどっている。
「教育指導」は先生・両親・子供の三者に、教育委員会の委員、そして県の教育事務所が、過去の対応を参考に等せずに、新しい現代の教育事情を加美した指導体制が必要ながら、教員のレベルは日に日に資格主義の、頭でっかちの計算での教育となり、「心の教育」は「死語」となり形骸化している。
亡くなった「りまさん」と家族への仕打ちは更に続いていた。彼女を撮影した写真が、地元の手踊りの写真コンテストで「市長賞」に輝き、両親は娘の輝いた可愛い笑顔に救われていた。しかし、「死んだ人の斜体は賞に添わない。」との、委員会の決定で取り消された。この報道が全国の情報として流れ、黒石市に多くの「おかしい。」「可哀そう。」指摘の電話が殺到した。父の言葉は娘の更なる悲劇に涙した。世論の大きなうねりにより取消を市長はやめた。父はこの決定に「ありがたい。」と受け入れた。なんと心の優しい父と感じた。りまさんもこうした父親の元で育てられ、優しい素直な娘になった。
列車への飛び込み自殺は、損害賠償の心配も出来る程の、頭も良く心乱れる中で繊細な子供に育っていた。
いじめは被害者も加害者も一生を駄目にしてしまう。だからこそ普段から「人への思いやり」と人の身になって考える、「家庭教育」を実践して欲しい。私もそんな教育の中で生きて来たが、時折脱線する。その度合いが小さく冶まったのも、我が家の教育があったからと私は思っている。
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伊里前商店街の起工式が昨日ありテレビで報道されていた。ここでも建築設計をした隈氏が「地元木材をふんだんに使用した商店街です。」と挨拶で話していた。女川町と変わらない商店並みは、歌津湾に向かい5mの嵩上げの上に、土盛りされたばかりの土地に建設が進む。土の落ち着きと、土の中は問題が無いのかと、これまでのURとゼネコンとその下請け業者の、整備への指導・監視は大丈夫かと心配する。
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今日は石巻に行き、帰ってから気仙沼に行く。余った時間で地区の告知文の配布をする。それから明日の福島への準備をする。目の調子も、さすがに処方したレンズは良く見える。
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