2016
10/09

三陸道は着々と


母の実家の従弟は以前に棟梁をして、私の弟の家を建ててくれた。現在はと言うと米谷地区でも家はハウスメーカーへと移り、町に残った在来工法での住宅建設は無く、昔は弟子を伯父は20人も抱え、今では従妹は建設会社で働いていると話す。
現在の三陸道は登米市「三滝堂JC」まで来ていて、今月中に南三陸町小森「志津川IC」までが開通する。国交省が調査する志津川以北の、国道45号の高速道路への通過が、区間ごとの移動率が出された。4つの区間で「60%」ながら、唐桑地区では「80%」の車両が通過し、車の通過減少で、消滅地区・限界集落へと今後の地区衰退へと繋がる。商店は無くなり、水産業の物流の運搬だけの国道と、唐桑町が人口減を加速する。
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「わかめの種が無いんです!」と深刻な現状を聞いた。三陸ブランドの柔らかい葉やメカブが、今年は危機となるかも知れない。多くの養殖業に従事する歌津地区の漁民は、、年間に1千万・2千万とその収入は大きい。今年の10号台風の宮城の水族の被害は「2億5千万円」となり、南三陸の水産業は大切な時期を迎え、多くの問題を抱えながら、各種養殖物の成長する冬季を迎える。
多くの問題の発生の中で、町は従来の成長戦略と、管理委託を加速させている。「被災者雇用」の町の現状は、被災地再生の復興交付金の被災者支援金により、政府の予算に依存している。町民は自分の力だけで我慢強く被災地を生き抜いている。生活が成り経つ環境づくりは行政の責務ながら、他人任せの人口減対策では、解決できる訳など無い。
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