2016
10/08

先人たちに恥じない町政を


多くの志津川町民を津波から守った「上の山緑地公園」は、現在はセイダカアワダチソウの森と化していた。市街地の住民の避難場所として、昭和35年のチリ津波から、炎々と住民は避難練習を続けて来た。その住民の安心の場所であり、命を繋ぐ場所が過去の産物となっている。先人たちのこの場所への愛着の想いを、次ぐ人間は居なくなった。

佐藤仁町長が再度の告訴をされ、受理されたとの報道が昨日あった。防災庁舎での職員の殉職に、町の長としての行政の津波防災の規約の順守を怠ったとの内容だ。以前の告訴も最終的には不起訴処分となっている。もう、辞職・勇退してもいいだろうと私は思う。高齢化社会となる町の今後を真剣に考え、他に類の無い政策を打ち立てる構想への着手に取り組むべきと思う。若い世代への変換を!

昨日は父を午後3時の予約で南三陸病院に送って行った。5時を過ぎても帰って来なく、電話も無いので病院に行ったら、まだ診察しているようです。と受付は言う。94歳となる高齢者が、診察を終え暗い中を院外処方の薬局まで薬を貰いに行く事の、多くの危険を思う。是非午前中の診察予約をお願いしたい。5時半過ぎは患者もいなく、真っ暗な病院の玄関は、私でも不安になる。家族が付き添いは、私と二人の家族で一人ひとりが努力して、この町で生きるしかない。行政の手厚い高齢者への対応は、30%を越える高齢化率の町の運営は、余計な所に力を注いでいる暇はない。父を可哀そうと家族だから思う事は当然で、二人きりの家族だもの、その互いに思う心が日に日に増してきている。

父は要介護1で施設に週2回通っている。今年度から施設料金が1万円から「1万5千円」となった。施設への国からの支払いも、月々5万円から今年度は「9万円超」となった。「施設に行っても話ができる人が居ない」と、最近は月に一度ぐらいしか使用していないが、施設料金は手出しと国からで、一か月10万以上にもなる。施設の確保はいざと言う時の為として、私たち家庭には必要な部分でもあるが、国の社会保障の我が家も無駄な経費を使っている事に、申し訳なく感じている。
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上の山緑地に銅像があった。その背後には10mの嵩上げ上に、ショッピングモールの建物の建設が急ピッチで進んでいた。南三陸町志津川代表する先人の一人の佐藤さんは、どう思っているのだろうか。今の町起こし・復興の中心で動いている人達には、先人に恥じない町の為の行動を真摯に行って欲しい。
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