2016
09/23

始めは「おはよう」の挨拶から


今月の21日から「春の交通安全週間」が始まり、沼田地区でも各班から1~2人が、街灯に「運転中携帯ダメ」「シートベルトしましょう」など、ドライバーに呼びかけた。私は初日の21日病院に入る商工団地交差点に立った。午前7時15分からの30分、一番の交通量を誇るラッシユ時で、その列の石巻方面は想像もつかない。

若い女の子たちが片言の日本語で、「おはよう」の声掛けに「おはようございます!」と返ってきた。人との交流はこの言葉から日本では始まる。3人・5人と向かいの工場に入って行った。
震災前から町の大手水産会社の人手不足があった。30年前はホテルに研修として中国人が町に来て、クラブの接待としてフッリピン人が入り、町内にも「・・・クラブ」として、社交クラブが繁盛した時代があった。
我が町は大震災で労働者の不足など、震災で有名となった「南三陸町」の、水産商品の販路の拡大により、商品の増産が続いている。中国人の労働者をトップに、今回はベトナムからの労働者だと言う。勤勉で優秀な人材だとも言われている。
労働力の居ない、水産業を好まない町の求人労働の中で、町の大きな力となっている。外国人の受け入れも日本人と同等の報酬と、政府の厚生労働省は決めている。一般の事業所は小さい会社では難しいようだ。
現在5社ぐらいが外国人労働者を利用している。地元民の働く場所が未だに少なく、「ミスマッチ」と言う行政の個人任せの地元定住者があり、行政の就職指導はなく、若い子たちは、地元の数知れた雇用先と、周辺の就職先と離れ、人口の定住は今後も厳しく、高齢化による消滅・疲弊都市とまっしぐらだ。今年もこうした町が全国で5千自治体も増えたと言う。

私も7年前の議員一年生の時に、外国就労者の支援と地元民の働く場の減少について、行政に質問した事を思い出す。
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