2016
09/21

南三陸町の復興計画に格差拡大 変な街に


台風16号の被害がまた甚大だった。鹿児島県から本土に上陸し、太平洋岸を北上し宮崎県・四国・紀伊半島と、風雨により災害が随所で発生した。
スーパー台風と言われる程の発達は、海水温の上昇・高気圧の異常発生により、太平洋上を長時間停滞による勢力の拡大化に繋がっている。人間の力には限りがあり、災害発生でも一歩一歩復旧が、再生努力が人間の持つ強みと思っている。
テレビで見る被災の現場は「落胆」の言葉しかなく、水没した稲穂の収穫は厳しく、住宅の泥の後片付けに追われ疲労と、今後への不安を顔から伺える。
宮崎県延岡市の災害も川の氾濫によるもので、川の日々の穏やかな流れが一日1か月の降雨は、川が魔物となって地区民の生活を奪っていく。天災の発生を人間はくい止める事は難しく。命を守る事に徹しする対策が必要と、3.11を通して分かった。
南三陸町の再建に川の位置を変え土地の活用を進めている。人間の危うい思考と計画に、自然の力を軽く見ている風潮がある。人間の利権が先か、人への被害を防ぎ自然と共に生きる環境整備か、自然を先に考える環境保存の専門家を交え、町づくりを考える事が必要ながら、町の復興計画は既に動いてしまっている。
来月6日に「復興祈念公園の説明会」の2回目がアリーナで開催される。町づくり会議でも今月に会議で公園整備の画論が、これに合わせるかのように開催される。何が変わり、震災の慰霊碑をどう建立するのか、聞くだけ聞きたいと思っている。
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昨日は町の復興推進課に、志津川市街地の低地部の換地や入口・水道の位置に付いて確認にいってきた。対応は町の職員で、URの土地の担当者が不在との事だった。29年4月には土地引き渡しと言う事で、店舗の計画と将来に向けた事業計画の構想をしていた。町・UR都市機構の送付された図面の内容の把握は、素人には難しく、土地の状況によって大分違う。私の土地は角地法面や、車の進入口も制限がある。被災した元の環境と同じ換地が基本にある。
今日の10時前にUR都市機構の担当者から連絡が来た。昨日の不在で今日の対応となった。ショッピングモールの整備は3月3日の「町開き」で既に建設が進んでいる。低地部中央にはコンビニも既に建設営業している。最近嵩上げされた土地のスーパー建設予定地は、10月のショッピングセンターの整備に、一月から着工が始まる。
その他の低地部の他の引き渡しの早い物は、29年度の上半期と言う。私は4月には工事を始めたいが予定にあるが、行政と委託されたUR都市機構は、始めから9月の末をその期間と決めている。商店の再建は時間との戦いで、「来客の確保」「店主の年齢」など、多くの問題を抱えている。5年と半年が経つのに、嵩上げ計画決定から、世紀の大工事と言われているものの、5年半の復興工事期間は長すぎる。
商店主の再建も、住民の住宅再建も、長い期間が経過する事で、町外への住民の流失と、商店の半減に繋がった。昨日に来社した方も、もっと早く土地が確保できれば、こんなに住民が町から離れる事は無かったと言う。
行政トップと近い繋がりのある商店は、会社再建は既に終わり、新しい商品開発と販路拡大の確保に動いている。志津川商店街の震災1年後の再建と、5年目の基盤機構の期限が終わる時期に合わせ、低地部のショッピングモールの整備を、商工会と町が早期のオープンに向け進めている。地元の住民の買い物客、2割にも届かなく、町民の買い物環境整備ではなく、観光客の確保の為が色濃い。これまでの町民の為の商店街はもうない。これが行政の進める町の再生だ。政府もこれを容認する資金の動きが、我が町にはどうどうとまかり通っている。
朝から疲れた。
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