2016
09/18

今度は49日法要の準備


母が天国に旅立ち1か月が過ぎた。母の終末期は徐々ながら突然やってきて、点滴での3か月まじかの、あの日の朝だった。死に目には会えないと覚悟はしていたが、朝6時過ぎの病院からの連絡で、携帯に6時半気付き直ぐに病院に直行したが、12分に急変し連絡の看護師がベットに戻った時には息が無く、当直医の午前6時20分の死亡の確認となった。私は母のまだ温もりのある額に手をあて、「やっと天国へ行けね!」と思った。母に女性の理想を描き、絶えて人の為に尽くした、そんな頑張り屋の母に誇りを持ち続けたい。
全国花キーピット組合からの被災地の支援の花が、1か月半が経っても鮮やかな黄色の花を何個も咲き誇っている。男二人の家族になり、一輪の花が散り、色気のない家庭にならないよう、日々、家には花がある事は癒しとなり、今後も花を置く事を考えている。

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会社の健康診断に登米市の「ささはら診療内科」を選んだ、1週間前の結果が出た。「何の問題はありません」との連絡に安堵している。金曜の夕方6時過ぎの病院の写真ながら、待合室はいっぱいで、駐車場の車も満杯だった。先生は登米市での開業でも「医は仁術」を継承していた。南三陸町の住民も今も先生の診療を受けたいと、登米市まで車を走らせている。
町の病院の診察時間は未だに長く、高齢者は直接苦情を先生には言えず、「ゴモゴモ!」と待合室の椅子で会話をする。町に残って開業している病院の患者も、5時を過ぎると患者の数は一気に減る。被災地ながらの状況があり、その対策は住民が一人でも多く残る事と、医師の確保が一番の方法だろう。
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