2016
09/12

自分の思いを感謝と後世に

昨日は我が家の墓前に花を手向けに行った。


また一人、志津川地区に尽くされた先人が88歳で亡くなり、大震災の追悼と地元への感謝の想いを、町内にあるお寺に石碑を寄贈建立した。

震災で施設・建物を全て流出し、83歳で石材会社を廃業し、最後の町への奉公と石碑を建てると、生前、私に話してくれた。仕事を下さったお得意様の希望には、以前働いていた従業員や、関係の石材店さんへの口利きをしてくれたと聞く。
私は生前に、町での慰霊碑の建立が無いままに、町に来て手を合わせる場所は防災庁舎の祭壇しかなく、私も自費で「何とか慰霊碑を小さくても早く建てたい」と、松本さんにお願いしていた。
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松本石屋さんの石碑は、大雄寺さんの登り口の中腹にあり、志津川湾と荒島を望む場所に石碑はあり、物故者の為と「地震が来たら逃げる」「3.11の風化防止」など、後世に思いを託した。
現在は震災前に営業していた町内の石材店の二社が廃業し、志津川地区には墓石店はなく住民は困っている。私もお寺の御世話で叔母の法名碑の刻みを古川に頼んだ、母の法名碑を何処に頼もうか今、思案中である。
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松本孝二さんの建立者の名前が「凛」と後ろに刻まれていた。葬儀の席上で喪主は言う、皆さんがお寺で義父の石碑に手を合わせてくれれば、最高の義父の喜びと話す、孫さんは「おじいさんは私たちをいつも笑顔で迎えてくれた。おじいさん安心してください私たちがおばあさんを見ます」と弔辞で言う。孫たちの教育も祖父母はしっかり見て来た事を感じる。
お寺に行く事の多い私は、町内の松本さんが建立してくれた石碑を、気を付けて探し手を合わせたい。
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