2016
08/14

母との墓参りから 自分一人になって


昨夕、バタバタと明日の墓参りの準備を始めた。ダンコ粉こねから始まり、9個のダンゴを三角に積み仏壇に一対を上げ、あとは今朝の墓参りの供え物とした。母から受け付いた墓参の儀式の供え物の作りは、見よう見まねで、母が墓参りを出来なくなって20年近くが経つ。以後は私一人で毎年「千葉家」の墓参を欠かさず続けている。

今年はまた格別の想いがある。1月末の「還暦同級会」で志中の物故者の塔婆を大雄寺さんの墓地の入口に建立した。また、先月は志中剣道部の共に連覇の伝統を守った、同級生の急逝があった。
写真の我が家の墓所は上から5段目ぐらいにあり、眼下に多くの墓地が見えるが、これでも全体の2割にも及ばない。上から叔父の墓から、先月亡くなった同級生に合掌し、また、同級生「健秀」と親戚2軒を廻った。最後に同級生の塔婆に今年は花を手向け、お菓子と線香をあげた。もう一人の同級生の渡邊富男くんの、墓地の場所をお母さんに聞き、見つける事は出来なかったが、駐車場の前と聞き、その方向に手を合わせた。気付いただろうが私の同級生は、以外と多くが既に亡くなっている。仲間の分まで生きたいと心に誓う。
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静かな「お盆」である。津波で被災し全てが消えた本浜町から、商工団地内の工場兼自宅は、人通りをなく来客も無い。今日も仕事をしようと思っている。震災前なら仲間達と飲み会をしていたが、町は今も異常状態にある。昔の営みは皆無で高齢者は静に亡くなって逝く。こんな南三陸町の志津川がある。寂しさがこれから日々増してくるだろう。
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