2016
08/06

人間は2度3度とミスをする 政のミス一回にして


今日は原爆が広島に投下された日で、突然多くの市民が、「戦争を長期化させないため」と、米国は自分たちの造った「原子爆弾の実験」をする為に使った。何で広島にとの想いの中で、たまたま上空が晴れていたとの、その現実には驚きしかない。
昨日はロシアの投下地「ひろしま」の、原爆状況が71年目に初めて公開された。正にコンクリートのビルしか残らず、津波の襲来のごとき風景と感じた。いや違う「放射能被害」は、71年経っても未だに苦しむ人たちがいる。そして米国を始めロシア・中国などで、今も原子爆弾を所有している。ある国は原爆を武器に隣国への驚異を与えている。人間の悍ましい影の部分は今も脈々と生き息づいている。
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テレビでは南三陸町に全国の子供達「220人」が来町し、少年防火隊を組織している生徒達だと言う。水で作るアルフアー米とレトルトのカレーで食事をしていた。災害時の防災教育を悲劇の町「南三陸町」に来て学ぶ。夜は体育館でのダンボールで仕切りを作り、宿泊体験までしていた。裕福な時代に生きた子供達で、遠くから「陸の孤島の町」まで来ることは、ある意味で生活の豊かな家庭と言える。
多くの人が亡くなった「東日本大震災」を利用した「観光立町」の構築に違和感しかない。被災地の悲しみは「語り部」が伝え、防災意識の向上になればとの活動ながら、来町者の宿泊と被災地の消費は一部の人間の「震災特需」でしかない。被災者に寄り添いたいが、国民が描く被災地への想いと感じる。生活が大変と生活弱者に政府がお金を配る時、6年目となるのに何時まで復旧が続けられているのか。早期の時間をけない、経費を削減しての復興の在り方を求められないのか。一時避難先や仮設・みなし仮設で、故郷に帰る事無く亡くなられた人たちの悲しみ・寂しさを思う。
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河川堤防の八幡川の中間部の光景で、向かいの土盛りの大山は、一時的な土置き場で、その後ろの山の上には災害公営住宅が見える。昨日も志津川の西地区での抽選会が役場であった。「抽選会?」、未だにそんな事を町はしている事を知った。その他にも造成し余った土地を被災しない方への提供する募集も始まった。町の政策の失敗を、これまでに類をみない大震災だからと、「何でもあり!」の被災地の政策がとられている。こんなやり易い政治は無い、予算は大部分が政府のから出て、全国・世界からの義援・支援金が贈られる。自己の采配が出来ない人間でも、優秀な自治体派遣支援があり、多くの大臣級が町を訪れ、町の支援をしてくれる。そう言った面では適任者が今、復興の先導者として活躍している。自分の描く商工・観光で潤う町を創造するためにだ。多くの町民の将来を二の次にしてだ。
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