2016
07/15

被災者の震災は終わっていない


一昨日前の「震災の車が海底で発見!」との知人の情報があったが、石巻地区での海底に沈んだ車の写真が新聞写っていた。津波震災の不明者は、引き波によるもので三陸沿岸では、未だに多くの死体が上がっていない。
昨夜は剣道の練習があった。小学生の指導なから、個々で練習への取り組みが違い、その差は歴然と結果に出て来る。「好きこそものの上手なれ」「成果は練習に比例する」など、自分の為である事を知って欲しい。今年だけと指導を続けていて、これまでの団員への「強い係わり」を、できるだけ薄い物にするよう取り組んでいる。来年には次期継続者に移行して行きたい。
今日は「志高同窓会」がある。幹事は卒業の干支で決まり、今年は私たちの「申・羊」である。震災前の前会の幹事が思い起こされる。12年前に高野会館で開催され、役場の殉職した勝倉君、東京に移住してしまった加藤君、登米市に新築を決めた渡邊君などがいた。地元で残っているのは参加した3人となってしまった。これが震災の現実で、多くの友が町を離れた。今年は70名が参加を予定すると言う。私は震災後の同窓会総会に震災の年から参加を続けている。今年で最後と決めている。登米市の渡邊も来てくれる、さすがに志高の親友だ。
明日は同級生が東京から来る。兄の新築祝いと、施設の母の様子を見に来る。南三陸町と仲間想いの彼である。人生で政治家をこころざした。国会議員の秘書として国政に参加すると言う、大きな夢を描き東京に行った。彼の人を気遣う禁欲の薄い人間こそ政治家に適任と思う。紆余曲折の中で今の人生を邁進している。60歳を迎え後の人生は子ども達に囲まれ、孫と共に幸せな人生が彼へのご褒美と、天は神は与えてくれるだろう。凄く南から愛されるイイ奴で、私とは大違いな人間だ。
明後日の日曜日は中学時代の恩師の、最後の雄姿を見届けに仙台に行く。志津川の当時の同僚だった先生方を二人載せて。仙台では名取の同級生も招待されている。どんなシャンソンのコンサートだろう。シャンソンを知り仲間もでき、大病も克服しここまで人生を続けてこれたと思う。将来を担う世界の子供たちの為に、ここまで頑張って来た。世界で起こるテロや戦争の空しさを、先生は悲しみでいっぱいだろう。
今年も広島から「愛の福袋」の支援団体が来る。会員も熊本の大震災で被災し、近くに被災地があるのに、南三陸町への支援の継続には感謝しかない。

こんな多くの人の姿を見て、私は余生を生きたい。いろんな所を見て学習や見識を広めたい。多くの人との交流は、現在の南三陸町トップの行政の復興の進め方の中では、「いやだ!」との意識が強い。残された人生を自分に正直に生きて行く。10年ぐらいと心に止めて。

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