2016
07/05

伊里前の町が分散


初めて歌津地区の高台移転の「枡沢団地」に行って見た。管の浜の阿部石油の所からつづら折りの道路を登り、30mもの海抜を誇る場所に団地があった。
今年の3月の土地引き渡しで、56世帯の被災者の住宅再建が進んでいた。歌津地区伊里前の市街地は、高台の地区の至る場所に分散となってしまった。歌津湾の入り江に位置した町並は、近所も散らばり新たな地域へと変わった。現代の社会情勢も高齢化・人口減の中で、働く場も被災地にはなく若者が町から離れて行く。戦後の復興から高度成長があり、沿岸漁業の隆盛の時代も終わり、今後に期待できる物は少ない。
コンパクトでいいから地区民が肩寄せ合える町の形成が必要なのに、志津川から比べても歌津は広範囲な散らばりとなった気がする。枡沢団地は山の上と言った感じながら、多くの住宅再建が進んでいて、全体の半分が住宅再建が始まっていた。
何処の防災集団移転も土地の整備と確保が済めば、被災者はそれを待っているかのごとく、ハウスメーカーが建設を始めていた。
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志津川中央区も造成の問題が発生した物の、昨日通ると住宅工事が始まっているのを見た。7月末までの再工事期間ながら、終了した部分から工事が進んでいた。

町の人たちの世間話に結婚事情がある。「あそこの息子もボランティアさんと結婚したよ!」との話の多さに驚く。出会いの新鮮さと被災して頑張っている姿に、女性のあこがれが生まれたのだろうか。震災前のなかなか女性相手が町で見つけられない中で、町外からの人の流入は、互いに新鮮な意識が生まれ、結婚に至っていた。

私も独身、頑張って出会いを求めようか?

以前の自宅から10歩も歩けば、海・川に浸れた伊里前地区はもうない。海の町「南三陸町」はもう消えてしまったようだ。

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