2016
06/18

未希の意を継ぐ職員の笑顔再来


行政職員の対応・接客の低下を時折感じる事があった。被災し仕事に追われる中で余裕が無かった時期なのだろう。ある程度の町の落ち付きの中で、対応に笑顔を見る事が多くなった。あの部署・あの窓口とどんな人にも、公平に「御苦労様です!」と元気に向かえ、送り出してくれる。私は来客として行政への不信感の元に職員と接してしまうが、自分の心の小ささを反省する気持ちにさえなる。来客の一番初めの町の対応は窓口であり、対応の不備で「この町は……?」と、気分を害する事も多く第一印象が大切だ。

今でもミキの役場窓口の町民税務課の「笑顔の対応」は、私とかが剣道指導者として繋がっているとの理由だけでなく、総ての町民・来町者に向けられていた。貴重な町の顔と「若き財産」を失った。災害対策本部の後継者への配慮不足と、震災津波の自然の驚異を軽く見た結果で、多くの町民と共に貴重な命が奪われた。「私はけっして許さない!」。こんな気持ちが時々蘇ってくる。

町の震災復興で色々な建設業者と、儲けを優先し「被災地再建」の名を掲げ、来町する「やから」も少なくない。現在も多くの新しい住宅再建会社が入っていて、その悪徳業者の悪行も巧妙になっている。数千万の一生に一回の支出の住宅再建の資金を狙っている。「疑って!」掛かる事が必要だ。
町の復旧工事でも、防潮堤護岸工事でも手抜き工事があったと、私の周囲の情報を持つ仲間は言う。そして、今回は加速する志津川地区の高台の中央区の土地整備で、造成の不備が発覚し「やり直し工事」が今月末まで掛かると言う。それで無くても志津川の中央区は工事の遅れがある。

震災後に佐沼の借家に入居した、同級生の兄が人知れず無くなっていた。震災直後の電話で「早く何とかしてくれ!」と言われた事を思い出す。震災3年後に亡くなった。病気の後遺症で生活は大変のようだった。その家督さんも佐沼に子供と一緒に現在は暮らし、住宅を再建し生活している。

今日は部落の区長に集合命令があり、夜6時半から前区長の家に行く予定だ。日曜が剣道大会なので程々にして、帰りたい。今日は絶対に歯医者に行きたい。時間に追われ昨日は行くのを忘れた。何事も忘れる事が多くなり、老化が確実に進んでいる。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:27 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP