2016
06/12

全国に繋がってる鉄路を無駄にしないで!


金曜日に登米市柳津の新聞店へ、戸倉地区への自社の「マイタウン情報」を織り込みに行って、その足で飯野川のウジエスーパーへ生鮮野菜を買いに行った。津山から10分と、旧津山町からも大型スーパーが近くにある事の利便性を知る。過疎化は一店あったコンビニも閉店へと向かわせた。
震災から6年目を迎え、今も南三陸町には格安・生鮮・選択などの自由のスーパーが無い、震災後の生活環境が今もあり、行政は住民サービスの環境整備を早急に図ろうとはしない。計画だと17年夏の出店が町と締結されたものの、その期日も市街地整備の遅れから、延期される事となる懸念を持っている。

新聞店に行く途中に柳津駅に行って見た。ちょうど気仙沼線の列車が駅舎に入ってきた。カラフルにペイントされた列車で、観光客の誘致に一役かっていた。この時に下車した方は6名で、地元の高齢者とリックを背負った観光客だった。列車の線路はこの過疎化が進む町から全国に繋がってる。何て素晴らしい世界がここから始まっていた。ここでも全国へのキップが買え、団塊の世代の「のんびりと列車の旅」の実現ができる。多くの利点を投げ捨てての「BRT」の行政の決定は、行政の交通環境整備の「JR東日本」との、必要な交通手段の一つの住民サービスを、無視した野望野合と私は思っている。100年掛けた地域の鉄路整備の願いを叶えたのに、たった2年弱で諦めた決定の行政トップの判断は、早すぎた。これから「鉄路再建」の新たな活動が始まって欲しい。
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津山町にも多くの南三陸町民が移り住んでいる中で、柳津・横山地区の過疎化は移住者をプラスしても、減少が続いている。しかし、柳津駅に来るお客さんの中に、「翁倉山」「追分温泉」「こくぞう尊」など、訪れる人が多くなりましたと言う。今後は津山の観光ルートの企画などが進んでいる。原点は「柳津駅」からと思う。BRTとは違い遠くからのんびりと、「列車の旅」は年金暮らしとなった時に、私の夢でもある。志津川町で生き続け、最後の癒し安らぎは、静かな列車の旅と私は決めていたのに残念だ。そんな細やかな夢を簡単に廃線として決定は、100年の鉄路開通の先人の努力への冒涜と思う。

自分の事しか考えない人間が、震災後にはっきりした形で見え、現れている。
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