2016
06/01

大好きだった私の愛した町は遠く

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忘れていたが「斡旋利得罪」に問われていた元甘利大臣が病気療養中だったのに、久々その名前を聞く。東京特捜部の聴取を任意ながら受けていて、特捜は「不起訴処分」とした。民間企業から甘利氏も100万円を貰い、秘書は500万円を授受し、300万円を個人的に使っていた。政治家の権限は大きな闇の金を受け取る事が認められているようだ。
枡添都知事の「公私混同」を総ての職務で活用し、私財倍増の為に私欲を尽くしていた。自分のパジャマ・趣味の物にも、政治資金から出費し、グレー部分を法的に自分で利用し、自分の私財にしていた。前々の奥さんとの離婚の時も、自分の金はできるだけ回さないための工作まで講じていた。「せこい!」。東大卒の政治学者の末路は、自分でその地位を汚す事となる。「せこい」は「賢い」とも言われ、「恥」は「金」の為ならいといとない。こんな生き方もできると、社会の狭間の政治家の生き方に、総ての人間の秘めている「欲」なのかと落胆する。私もその一人なのかもしれない。

一昨日に荒島前の道路を通ると、人口海水浴場の震災復旧工事が始まっていた。ガット船が島の海底を破壊している感じだ。海底の海の生き物の住まいの海藻や、動きの遅いアワビ・ウニ・ツブなどの貝類も、一緒にさらわれているだろう。自然の津波の発生で少しの回復の中で、人口の工事で再度の自然の破壊が行われている。何も自然の姿のままで、自然の厳しい環境に人が慣れる事が、自然と人との共生であり、今後も自然と生きて行く事は、避けられない現実だと思う。
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町内の数少ない魚屋さんには、日本に誇る志津川の「真ダコの産地」としては、その伝説が薄れている。商店には「水ダコ」の販売が増え、「タコ開口」も過去の言葉となってしまった。
幼い頃に親せきの小舟に乗り、日の出前から父親と共にタコ釣りに行き、最後に私の仕掛けにタコが食らいつき、船へりで逃がした事が今も頭に残る。メガネを付けて海中に潜る事が、私たちの時代の海水浴だった。タコも手掴みでとらえる事もあった、そんな時代が懐かしい。

海は怖いは肌で何回も感じていた。クラゲに刺されたり、魚の餌だった自然のエラゴに背中刺され、20㎝の円状の腫れで眠る事も出来なかった。それが写真の小島だった。海岸が整備されたが、以前は岸から島までは、流れの速い40mの間を泳いで渡り、アワビの稚貝の群生をここで見た。

良き時代に生きた私たちは自然の災害には強い、精神力と生きて行く「術」を子供の頃から身に付けている。震災後に風呂に入らず1か月2か月と生きても、何の不自由もなかったし、小川の水も煮沸して飲み、賞味期限切れの商品も現在普通に食している。時々お腹をこわすが何て事は無い。2.3回の下痢で治る。厳しい生活から得た丈夫な体が、この厳しい被災地でもここまで暮らして来れた。

今日は従業員の引っ越しで休みで、今も知人が「引っ越しました」と電話をくれた。「土地さえあれば」、被災者の再建はこんなにも早い。
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