2016
05/26

昔の仕事と時間に追われる 苦しむ事を今も夢見る

震災前の「高光商店」「アベロク」「ヒロタ」さんの当時を支えてくれた仕事を思い出す。デザイン・作業・印刷と総ての工程を一人でし、新聞折り込み店まで配達していた。後、12時間・残り4時間・30分と、折込時間までに追われる姿が、夢ながら再現される。嬉しい悲鳴ながら、仕事に追われた40代前後の頃だった。経営力も乏しく一生懸命に働き、会社を守る事に自分生活や時間を全て捧げた時だった。
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最近は各種総会が続いている。印刷組合の総会から、町の体育協会・商工会が昨日あり、今日は町づくり協議会が夜にある。総会前の理事会の開催もあり、五月は多忙を極めた。剣道では郡連の総会があり、新しくスタートするスポ少の総会にも初めて参加した。町に会に参加する人が居ないのが現実で、総でも同じ人が当っている。震災から五年住民は本格再建の時期を迎え、人の事などしていられないが本音だろう。

生活は大震災から大変だったけど、政府の弱者支援の政策の希薄な中で、税金が上がり南三陸町民は大変と言う。まして高齢で無職・農家・漁業をしている町民の生活は、「厳しい!」の一言だろう。
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気仙沼市の教育長の白幡先生が70歳で後任の齋藤氏に、2期8年の任期を終え退会した。後任は以前に教育委員長だったと言う。昨年の教員委員会改革で、教育委員会の委員長を廃止し、教育長一人体制とする議案が可決し、初めての教育体制で教育環境の充実を図って行く。白幡氏は私が志津川高校時代、22歳で物理の教科の先生だった。私が卒業した後で教頭として再度志津川高校に来た。その後で気仙沼に戻り高校の校長を経て、気仙沼市の教育長として、震災後も子供達の教育や学校の統合問題に取り組んで来た。地元の地を知り尽くした地元出身の教育に精通した人材の登用を図った気仙沼市。現在の教育委員会の今の体制に、町民の一人として、行政の人材の登用に疑問がある。自分の思い通りになる人材の登用が、今の行政にある気がしてならない。

こんな事を考え、今日も夜の剣道スポ少の小学生の指導に行く。
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