2016
05/21

母の愛に包まれて


写真の観音様は亡くなられた全ての町民の方の母に似ている。
全ての人達は母の胎内に宿り、父と母の二人の偶然の結び付で生まれ、世に誕生し二人の人生よりも、もっと幸せにと願いを込められ生きて来た。私は幸せでした。

近所トラブルや家族の問題で、命を奪うまでの憎悪となり、惨たらしい事件が今発生している。近所にも兄弟とも距離を取り、私は今の生活が私にとって最高と思っている。
盛岡の奇想天外な事件に驚く、二人の間にどんな問題があったのか、人生の最後としては在り得ない。弟の自宅が火災となり、同時に兄が自宅の庭で撲殺され、家の中では弟が焼死で発見された。弟が携行缶とガスボンベを車に載せ、乗りつけた兄の家の前で大炎上した。二人の年齢は私の兄弟と同じぐらいだった。いったい何が。
近隣トラブルでは一階二階でのトラブルで、拳銃により二階の住人をチェーンロックの状況で射殺し、警察に「今から自殺」すると電話を入れ、頭部を撃ち抜き自殺した。当人は以前暴力団員で、ピストルを所持しての事件だった。
もう一軒は階下の住人が、二階の音がうるさいと、ハンマーとナイフで隣人の母と娘を襲い、子どもの母親は死亡し、母は命だけは取り留めた。二階の子供の「ドンドン」とする音がうるさいと、苦情が何度も繰り返されたという。何でそんな関係で引っ越しを考えなかっただろうと思う。人は異常・病気になると怖い動物である。

こんな事件は他人への優しさを欠いているものだろう。兄弟間もあえて離れている事で問題は発生しなく、兄弟個々が兄弟に干渉せず暮らす事が、兄弟喧嘩を防止する事に繋がる。しかし、両親の高齢化の問題は兄弟が多くの場面での、話し合いが必要となる。私は両親の終末は自分が全てを取り仕切ろうと思っていて、両親の財産は私が借金と共に引き継ぐ、家督としての当然の事ながら、殺伐とした時代、遺産が事件の主題にのぼる事も多い。我が家は遺産と言う物は皆無に近く、私を含め何とか人に恥じない人生だったと言える、生活確保の資金しか残らない。こんな千葉家の最後を想定している。

兄弟の最後の相談は、仙台で暮らす兄の気仙沼の会社からの移動の時で、さんさん商店街で三人で酒を酌み交わし、これからの事を話し合った。兄弟はこれくらいの距離が丁度良い。今後は両親を送り出す役目は私にあり、兄弟は私のやり方に習ってもらう。

自分の最終末へ、今日ものんびりと暮らす。
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