2016
05/16

一日も早く総ての住民が穏やかに花を愛でられる日に


今、自分の生活に必要な情報以外は忘れないが、報道や人の話で知っておきたい事は、メモして保存をしている。
その中に、熊本県益城町の町長が記者に、今後発生する災害に、自治体の首長に何をすればいいですか、の問いに。「教訓」として、1.防災公園の必要性2.建物の施設の外観だけでなく、内装の耐震も大切。3.地域や消防などの自主防災体制の構築。と話していた。災害の形は違えと自然災害で、地域の助け合いと非難行動の準備が大切だったと言っていた。熊本のある地区では100世帯の集落が、総ての住居が全壊し、1か月も経っていないのに「40世帯」が、既に地区を離れたと言う。この話には「町を離れる事は当然の住民行動」と、言っているようだが、決して住民は東日本の震災とは異なり、群発地震の現状と、いつまでも不安が消えない現状への苦渋の決断と思う。なれ親しんだ今まで住んでいた所から、誰が離れたいと思っているだろうか。

東松島市に熊本の西原村? から、震災直後に被災地支援で来たと言う。今回は震災数日後に東松島市の震災時に中心として、震災復興に携わった3人の職員が被災地に入った。大震災を体験し「防災マニュアル」を震災後に作成し、「今後の震災後の防災体制で何をしないといけないか」、をまとめた資料だった。到着すると対策本部には村長と数名の職員、被災地を回ると行政の課長クラスが被災地の、瓦礫整理や避難所の支援に直接当たっていた。東松島市の職員は同じような体験をし、行政の活動が機能していない事に、住民の力とボランティアに協力を求め、今後の対応に対策本部が機能できるようにした。
我が町からも副町長が熊本支援に迅速に動いた。先週の臨時議会で議員の質問に応え、多くの全国の自治体が熊本に入っていたと話し、支援の混乱の中で「外部から支援」が必要だと、こんな話しをしていた気がした。その後も町から前副町長が被災地に町長の命を受け行ったはずだが、その成果は聞こえてこない。

また、一週間の始まりだ。
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