2016
05/08

いつまでも仮設に住んでられない


一昨日、志津川の東地区西工区に親戚筋が新築を果たした。お祝いにいくも留守で、聞く所に寄ると皆仕事に行っていると言う。これからが大変なんだよね! 家を建ててもローンを子供達に残す事を少しでも減らす事を親は考えている。
こんな写真を撮影していると、元十日町の知人が声を掛けてくれた。「千葉さん。」、先輩ながら彼も平屋の家の建設を終え、来週に「カギの引き渡しです。」と笑顔で話す。仮設の生活も5年を終え「いつまでも仮設に住んでられない!」と、小さい平屋ながらも5か月かかり家を建てた。お母さんと震災前は二人だったが、今はどうか判らないが、65歳前後となり家を建てる勇気に「頑張って!」とエールを贈りたい。写真は災害公営集合住宅の4階が、今も建設中であった。この真ん中の写真の通りは住人のメイン道路となりそうだ。志津川地区住民は元より、戸倉・歌津からも新天地に家を建設していた。
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そんな一般の町民がいる中で、お金持ちの安定した町民や、大きな水産加工会社や事業所社長家族は、すでに登米市に住宅と工場を建て、南三陸町から撤退していた。資金もあり人の伝手もあるが、町での再建を諦めていた。志津川の被災住民がこれからと言う時に、工場の「震災特需」があり、事業再建の補助金の優遇を受けながら、震災の知名度の景気の波に乗り、今も被災者と言う名の元に営業を続けている。「ご支援ありがとうございます。」と、全国に向けて更なる支援を呼びかけていた。
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今日は春の大潮で海岸が大きく引く、昨日から3日間の「あさり開口」と防災無線は言う。震災から5年が経ち、初めてのアサリの捕獲だと思う。いっぱい取れるだろうが、私たち一般住民は海の恩恵は、自然の風景だけだろう。これも少し可笑しい。
その他に、「さくら植樹祭」のイベントが、総合体育館である。昨年は「コール潮騒」さんの支援で取材したが、今年は中学校ブラバンや踊り・コーラスの町民が参加し、有名アーティストの出演もある。
また、昨日? はさんさん商店街で、地元中学生の演奏会が開催されていた。最後の連休に来町者や地元民に向けての、商店街のイベントも目白押しだ。歌津商店街でもテントでの海産物の販売があり、歌津地区の水産物を格安に販売していた。

私は昨日、大阪の知人に「京たけのこ」のお返しに、女川の高政の蒲鉾を選択した。鉄路の復活の集会で、高政の取締役の考えと発表に共感を受けた。石巻ジャスコで弐段重ねの「蒲鉾セット」、5千円を贈った。我が町のお土産と言えば水産品としての、魚貝や海藻・乾物しかない。喜んでもらいたいと町内の産品を今はやめた。現在は宮城の産品に変わった。震災後4年間多くの支援者と交流をしているが、もっと贈って喜ばれる「名物」「産品」などの開発をして欲しい。総ての町の商品はすでに全て贈っている。お菓子なども私が納得する品物は少ない。神社の再建があっても名物が無い、町が再建されても子供達の喜ぶ食べ物が少ない。こんな町の将来の可能性は低い。町民皆が潤う町は何処にも見当たらない。若者達も「大志をいだけ!」と言いたい。新しい伝統は君たちにかかっている。町の高齢化を支えるのは将来を担う皆だ。

今日は午前に地元の「タケノコ掘り」に先輩の山に行く。ワラビもあり自然の山の色と香りに浸ってくる。
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