2016
05/07

南三陸町戸倉字戸倉・波伝谷地区


戸倉神社が大震災の津波で被災し、再建「神社落成式」が先月に地区で盛大に開催されたと聞きました。昨日、津山町からの帰り神社をお参りして来た。神輿と獅子舞があったとも地区民が話すが、戸倉神社は華やかな鳥居と本殿が、煌びやかな姿を呈していた。この神社が今後数百年と、戸倉地域の守り神として歴史を残す。託された後継者と地区の子供たちが、地区に残る事は厳しいが、将来に向かうに当たり神社が、地域の発展の中心になってもらいたい。本殿から見下ろす波伝谷地区の旧戸倉漁協周辺は今も何もない、6年目を迎えるのに何も変わらない地区の姿が広がっていた。
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戸倉神社の建設にあたり「日本財団」の大きな支援があった。鳥居前の石に刻まれている。支援の形は地域民が今後神社を守っていく事にある。南三陸町の人口は今回の国勢調査で、約12300人となり、戸倉地区民は22年3月の「2433人」から昨年の5月には「1693人」と740人が減少した。それから1年が経ち自然死と出生数があるが、減少は続いている。町と地域の存続は未来を見ても、「空前の燈火」と不安だけが増してくる。町の未来は子供達に託されるが、ここまで疲弊した町を立て直す事は難しい。維持さえ難しいのに急激な人口減は、震災後の住民確保の政策なしの初動の失政にある。町全体の減少率は3割となり、戸倉地区は4割近くと減少率は高い。
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歌津地区でも15カ所の神社総ての社務所が、歌津中学校裏に完成し落成式を地区民50人が集まり祝った。こんな話題をラジオから聞こえてきた。建設資金は全て地区民に寄る物と話していた。歌津地区の伝統と歴史に支えられた地域性を思い、経済的にも志津川地区とは大分違う事を感じる。「歌津魂」の結集が今も脈々と続いている。
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