2016
04/23

自分が生きてきた志津川の暮らしはもう終わりなのか


「子供の声がうるさい」と思う日本国民が35%いる調査に驚いた。「待機児童問題」での大騒ぎした日本の裏に、こんな国民も多い事を知った。子ども達は「五月蠅くて当たり前」で、保育所の建設の大きな障害となっている。
日本の高齢化は益々進む中で、高齢者の生活は一層大変になっていく。町の再建が進む我が町でも、住宅ローンを組み生活する住民が多いが、家族の突然の病に倒れる事で、家庭が成り立たない状況が多く発生する気がする。ローンに押しつぶされる事のない事を願うしかない。
祖母・両親と兄弟二人の家庭に何が起こったのか。長男が家族全員に刃を向け、祖母と母と長女が無くなり父が残った。30歳を超える長男に何があったのかはこれからの調査ながら、今の社会情勢や環境に問題があると思う。「我慢する」「努力する」ことができなく、生きる事に「弱い人間」が増えた。家庭・学校での子供の教育に多くの問題があると私は思う。
先週に南三陸町津川市街地に「西宮神社」があり、昨年に神社に寄付を貰い、提灯に名前を付けて桜の時期の大祭合わせ、夜の東山に火を灯す事をした。私も2つの名札をお願いした。その申込みをお願いしに行った一週間後に、私の志高の恩師の工藤先生が、震災でこれからと言う時に逝去された。工藤先生への感謝の気持ちの一つだったのに、今年の桜の満開と真新しい名札灯篭の灯りを見ずに「神」になった。
市街地は10mの嵩上げとなっても、東山の「西宮神社」はまだ高台と言える場所にある。今後も南三陸志津川の町を見守り続けて欲しい。そして、町の一つとして「私の軌跡」を残す事ができた。何時までも私の故郷である。
偶然ながら提灯の撤去の時に、その姿を写真に収められた。これも先生のお導きちと言える。先生いつまでもふるさと「志津川」を天から見守って下さい。

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