2016
04/19

我が志を胸に


南三陸町の合併前の「志津川町」が好きだ。幼い時に描いた夢を捨てる事無く、多くの挫折の中で志を新たに掲げ前に進んでいる。
その原点が、志津川保育所・志津川小学校・志津川中学校・志津川高校での教育と、そこで出会った人達から多くの事を学んだ。人の為に何かをする喜びを知り、その生きざまを多くの仲間や出逢った人達と話し合い、これからの生き方を今も学ぶ。「一生勉強」「修正」「精査」を繰り返し、今後も南三陸町で生きたい。生きたいが私の理想の町からは、だいぶ変わってしまった。
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写真は今年も満開となった母校の桜を見に行って来た。震災時の高校の被災者支援活動がまだ続く中で、多くの人が志津川高校に集まり、その姿と桜の並木を写真に収めていた。現在は、町のあちこちに桜の苗木が植えられ、震災の風化や継承にと、ボランティアの活動が見られる。私は震災後も見続けている東山と、志高の桜と旧福祉の里の桜(旧志中跡地)を、毎年見つめている。
今年に志津川高校に震災を忘れずに、学べる事の喜びを知ってもらうように、高校の登校坂に名前を生徒の募集により、「旭桜坂」と命名し、先頃、建立を祝った。今年の卒業・入学に合わせ、生徒の記憶に残る碑に「ことば」を刻んだ。校長の母校への愛と、震災に負ける事無くこれからも志高が残り、伝統を守って欲しいとの願いを込めた。言葉は是非来町し多くの皆さんに直接触れて欲しい。
今年の母校に入学生は「75名」で、私たちの半分にも及ばず危機感を持ち母校を見つめる。南三陸町に将来を担う若者が、震災の復興再建が終える頃には帰って来る事を願ってやまない。
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