2016
04/18

地震から5日目


熊本地震で命を守った70代の女性が、トイレで亡くなっているのが発見された。健康で病気も無かったと言う、避難した場所と5分ごとの地震が発生し、過労とストレスによる死と見られる。前震のあとで500回に近い余震の心的ストレスは見えない中で、身体に精神的な異常をもたらしている。また、透析患者の治療には水と電力と器機と場所・医師が必要で、現在は地震の混乱でこうした日々必要な治療と薬の確保に、避難するだけでは命を落しかねない被災者も多くいる。安全な場所への被災者移動も一つの大きな解決方法と思う。100年に一度の大災害に対し国が広い視野で、今を乗り切る事が将来の日本には欠かせない。被災地も高齢化の流れの中で、国の一大時期来ている。

介護認定社会は日本の社会保障に新たな問題が発生しつつある。介護保険料金は我が町では「3400円」から「6000円」となった。父を取って見れば年金が月に3万4千円で、介護保険料の差し引きで「2万8千円」となり、これで一人の高齢者がどうやって生きられよう。私が居て仕事をしている事で生活を何とか守れるものの、60歳を前に老々状態が目の前にある。家族は息子が居て子供へと、家系を代々続ける事がで成り立つが、今の高齢化・独居・独身など、国の大きな問題に発展しているのに、国民から財源を取る事に始終取り組んでいるだけだ。大きな制度改革無に、日本国民の生きながら得る方法はない。
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昨日は慰霊台の移転場所に行った。何も防災庁舎跡地だけが「追悼の場」でなくて良いと思う。これまでの「慰霊碑建立」の見舞金・支援金を行政は受け取っているものの、その内容を公開する事なく、「支援者は匿名で」と一部の人の要望を、聞き入れ総ての内容を議会にも伝える事は無かった。別な広い場所に「祈念公園」を一時期でも建設する事は、これまでの被災地で繰り替えされる工事の状況からも、その予算は出せる気がする。あんな狭い場所に町民・職員の尊い命の喪失にあたっての、行政の慰霊の場の設置は余りにも寂しい。

日々、仕事と何かをできる事に感謝だ。

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