2016
04/14

捨てる神があれば  拾ってくれる神あり


昨日は本浜地区の父の友達が92歳で亡くなった。共に詩吟をして地区でも話し合いのできる友達だったと言う。私の同級生の母でもあり、長野から駆けつけた。涙の止まらない見送りの姿が今も目に浮かぶ。葬儀には親戚以外で60名が集まった。町の商工会長のお母さんの死に、震災後これまでに人が参列してくれた告別式はないだろう。佐々木さん・石田さん・鈴木さん・吉田君・山内さん・佐々木さん・鈴木君など、しばらくぶりに会えた方がいた。こうして多くの方々に送られて逝去される人もいるが、人知れず亡くなられる方が、大震災の町「南三陸町」には沢山いる。震災で体調を崩し亡くなられた方がいて、まだ苦しむ方々が多いのも実情です。

多くの人が町から離れ、仕事が減っている中で経営を続けている。お得意先が半減しても、事業がなっている事に感謝です。4月20日の長野飯島町の「御柱祭」の柱を子供達と一緒に引いた時の縄の切れ端が写真で、御利益があると思い記念に持ち帰った。何でもないけど「捨てられない」気持ちに今ある。何時までも持ち続けようと心に決めた。
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12日の菩提寺「大雄寺」の大般若の時に、商店街側から旭が丘を廻り向かった。その時に志津川の西地区西工区の前を通った。だいたい土地造成も住み、災害公営の集合住宅の建設中だった。ここにも小さな集落ができる。以前の市街地からは離れているものの、時期に移り住む住民も慣れてくる事と思う。
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朝、不思議な夢を見た。一昨日届いた「京たけのこ」を昨日料理して食べたところ、切株の端まで柔くて食べる事ができた。土の中で育つように生産・集荷した物で、この辺の物と「たけのこ」は違っていた。夢は毎年、筍堀に行く先輩の竹林での事だった。突然バンビが飛び出て来た。後ろには夫婦の鹿が居て、木にマーキングをしていた。部外者の侵入に親鹿が向かってきた。戦いは山から川まで追いかけられ、防御してもビクともしなかった。鹿が覆い被さったところで目覚めた。地元の恵みを軽んじた報いか、町の鹿駆除の活動の怒りか、近年増えている町への鹿の出没への記憶が、こんな夢となり脳裏に現われた。
最近亡くなった家族の夢を良く見る。60歳を迎え還暦は終末期に来ているのだろうか。13年前に亡くなった叔母の法名碑を刻む事ができ、古川の石屋さんに料金を贈った。母が私のベツトに入ってきたり、叔母たちが私に合いに来てくれた。今日は父と共に母の介護施設に支払いに行く。

昨日に私の同級生の姉が「還暦の写真集が欲しい」と言う、弟の同級生が船の漁が終わり陸(おか)に居ると言う。体も本調子でなく写真を見せたいと話す。私たちの会はCDに写真集を焼きつけ配布した。配布されたCDをコピーし渡そうと思っている。同級生も喜ぶと思うがCDを見られるかが心配だ。
今日もいつもの一日を過ごす。拾われてる自分に、拾ってくれる皆さんに感謝だ。
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