2016
04/05

南三陸町志津川細浦地区


写真のこの光景は震災後何一つ大きく変わっていない。津波による瓦礫は撤去され、海岸線の破壊された水揚げ場の整備は終わったが、町の小さな漁村は今後どうなるかは、町のみえる化の復興の形にはない。
ご法事は叔母の嫁ぎ先「徳性寺」の27世先住の27回忌と、寺族の33回忌で、叔母の義理の両親にあたる。私は先の住職の静けさの中にその気高さを感じていた。そして優しさに溢れた言葉を頂いた。奥様は来客者への「もてなし」の心の深い方だった。
法事には本吉15教区の方丈様と、親戚の方丈様、そして宮城県宗務所の方丈様が25名集まってのご法事だった。集まったのは寺の役員さんと、親戚兄弟と子供達で大半が御坊様たちだ。普通のご法事ではない、この数の導師と方丈様のお寺の法事は、独特な雰囲気の中で淡々と進んで行った。1時間余りの儀式は短く感じた。
写真の光景は震災後を思うと、本堂は津波で倒壊し庫裡は二階まで津波が押し寄せ、遠くの親戚・兄弟で後片付けをした事が思い起こされる。墓石は小高い坂にあったので流出を真逃れる事ができた。多くの檀家も被災し今後のお墓の維持がどうなって行くのが心配だ。
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こないだの日曜日に横山の仮設を訪れた折に、ホテル観洋の前を通ると「ボウリング」の塔があり、温泉の新たな発掘をしていた。「南三陸温泉」は塩泉で湯量は少なく温度は低いと言う。南三陸海岸に温泉地があるのは、ここだけと思い、その価値は大きく、目玉としてホテルに客を呼べるものと感じる。

多くの支援客やボランティアの数は減ったが、南三陸町のホテル観洋には今も被災地を訪れる人が多い、民宿が半分以下となり、入谷地区にビジネスホテルがあるものの、宿泊は料金が高いが「朝日が見える露天風呂」が最大の魅力としてある。昨日も海仕事の合間に、ホテルの大浴場の入浴サービス日にホテルに来ます。との話は地元にいる事でホテルの恩恵があった。
「アワビ踊り食い」が御膳にでた。供養の席でお膳の鍋は「バン!」と音を発てた。生きながらにして焼かれるアワビの最後の力だった。自然の力をこんな事でも感じるようになった。
今日は気仙沼に行く。最終書類の提出になればと思う。書類の不備がなく県の審査に通り、初めて補助金の給付となる。何も行動を起こさなければ、こうした恩恵にあずかる事は出来ない。国からの補助金は加盟する組合が代行する事も多いが、震災後は自分一人で申請書類提出をしてきた。これで補助金の申請も終わる。あとは60歳から自力で借金の返済に、一歩ずつ努力をして行きたい。
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