2016
03/29

生活弱者・仮設生活者の支援、食事・買い物で被災地支援


富山・広島・福岡・沖縄の女性の会「愛の福袋」の3回目の、仮設生活者支援に随行した。
9時前には民宿を出発し、今回で2回目の「のぞみ作業所」へ行く。20分の訪問までの時間で、東地区西工区の災害公営と自己再建の地域を視察に行く。皆さんも「何時に全ての住民の再建はなるのですか?」と、仮設生活者の生活の場確保を心配する。9時30分少し前に、沖縄の「チンスコウ」などのお菓子と共に、通所生への「愛の福袋」を届ける。作業所には生徒たちの笑顔が溢れた。訪問の7名の方々が寄り添い話しをする。制作する葉書・名刺やタオルなどの、のぞみブランドの商品を各々が買い求めていた。
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次に今月いっぱいで行けなくなる「防災庁舎」の焼香に向かう。団体は週末にバスで今も訪れ、昨日は少人数の観光客が来ていた。防災庁舎前での記念写真は当然の事となりつつあり、「南三陸町へ行ってきました!」の報告としての行動は欠かせないようだ。
この後で志津川高校仮設に向かい、高校からの被災地の今と、津波発生時の町が津波で覆われる写真と共に車上から説明をした。以前のモアイ像の被災で残った頭部が学校にあると、見に行ったが「終業式」なのかモアイまでは行けなかった。皆さんの話に「モアイ像は私の所にもありますよ。」とメンバーの一人が話し、「私の近くにも。」と、チリのモアイ像が全国にある事を知った。ここから「旧福祉の里」での高齢者と職員の死の状況を伝え、津波から命からがら助かった人の話しもした。そして、津波発生時に私がいた所(旭ヶ丘突端)から、津波の猛威が八幡川をさかのぼり、眼下の市街地(現在の商店街)の津波襲来の光景を思い起こしながら話すと、その悲惨な姿に涙ぐむ方もいた。
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南三陸町での最大の楽しみの一つに「キラキラ丼」があった。以前に訪れ食べた海鮮丼が忘れられないと、「寿司の弁慶」さんに向かう。この日は平日だったせいかお昼時なのに8人が直ぐに入れた。豪華海鮮丼を案内の御礼に私もご馳走になった。私の先輩の店でもあるが、震災後に初めて「キラキラ丼」を食べたが、さすがに寿司ネタの海鮮材料で、美味しく頂いた。さんさん商店街は今年限りで無くなり、先輩に聞くと道の駅(ショッピングモール)に移転し商売を続けると言う。私も薦めたい店の一つだ。南三陸町に来たら思い出造りの為にも、是非に南三陸町の名物をご賞味頂きたい。
買い物は月曜日で商店街の店が数店定休日となっていた。みなさんは南三陸のワカメは美味しいと、爆買いが見られた。泊まった民宿からも買い求めると言う。5月までワカメの収穫が海であるものの、終盤に近づき少しずつ固くなっていく。今は大きくなる「メカブ」の収穫が本番となっている。私は及善さんの笹かまと、雄新堂さんのクルミ入り黒パンを買い求めた。笹かまは今日の仙台の会議の、父と親交のある事務員さんに、蒸しホヤと塩蔵ワカメと共にお土産にする。
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最後に志津川中学校仮設に行く。現在72世帯があると自治会長は言う。支援の活動は所在する地区の企業やお店からの、義援の物資を袋に詰めた「愛の福袋活動」です。7人が3組に別れ福袋を届ける。自治会長は住民の居ない仮設も多いと言う。「居られない場合は、玄関に物資を置きます」と言い、その中には支援する方からの「手紙」が入っている。私の同行は今回で3回目となり、最初の福袋の手紙を今も部屋に貼っている。物資もありがたいが手紙は心に通じ嬉しいものである。この日、私も沖縄の会員さんから「手作りお菓子」と広島の「もみじ饅頭」を頂いた。

南三陸町への心温まる「愛の福袋」、ありがとうございます。町になり変わり御礼を申し上げます。帰りは午後2時になり、この日の仕事とはなりませんでした。
今日は仙台での会議と、看板屋さんが設置に来る。
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