2016
03/27

佐藤仁町長業務上過失致死で再告発


大川小学校が震災遺構として保存する事となった。ここで亡くなった多くの子供たちの家族の「解体」の気持ちは届かなかった。命の尊さと震災の苦しみ悲しみを知る家族の思いは何処にいったのか。関係者以外の「震災の教訓に」との、当事者以外の人々の意向を重視した結果は、人道的に間違いないのかと思う。究極の家族の思いは「見たくない!」から、「この町に住みたくない」との選択へと繋がる事が心配だ。

殉職遺族の9人が再度の告発を25日に県警南三陸署に提出した。以前は6人の家族が告発するも、仙台地検は15年8月に不起訴処分とした。今回は防災庁舎での殉職家族以外の3人も加わり9人で「業務上過失致死容疑」で、南三陸町長佐藤仁氏を告発した。
防災庁舎で亡くなった方は43人で、その内の33人が死亡・不明として報じられている。その中には町長の共同経営の「旧南三陸新聞」の編集員(実質の運営者)も亡くなっている。こんな大地震の発生で、災害対策本部に報道陣は一社だけで、他の報道機関は避難している。こんな事にも津波への危機感の無さがあった。また、本部に集まるのは課長など幹部職員がマニアルにあるが、16坪にも満たない場所に24人の幹部の集合が必要だったのか? その他にも総務課・危機管理課の若い職員が、殉職した職員にはある。こんな現状を加味しても、町長の津波に対する「職員の命を守る義務欠如」があった。震災直後は県警も町長の過失や義務違反について捜査をしていたが、証拠や立証が出来ないままに捜査が立ちきれとなった。
しかし、自分の過失を認める事は町長職の失脚となり、そればかりでなく震災復興の計画でも多くの問題が浮上する。それを正当化する為にも罪を認める訳にはいかない。告訴を受理したら最高裁まで裁判を続ける事は分かりきっている。政治家の引き際が肝心である。
現在の町の復興の経緯を見て欲しい。町づくりと称した税収確保の政策と、公的施設の原形復旧と、義援金・補助金確保の町の再建方法、見る限り住民再建への支援は、こんな大震災の中で本気度が薄い。気仙沼の菅原市長と比べても、目立つ事が大好きな首長の姿を常に見て思う。
今期限りでも退任と後継者育成で、新しい町の再建への取り組みを若い世代の、次期町長に任せた方が良い。だが、今の任から退く事は「告発受理」への警察の方向が見える。国内ならず世界で有名となり、震災不幸の先頭に立つ人間の県警告発は、そのトップの大きな決断と勇気が必要だ。こないだ震災死の裁判で「自治体に責任あり」と、賠償が幾度かの裁判で裁判官のこれまでの自然災害の、予測できない事への責任を認めた。「自然災害だから。」だけでは逃げられない遺族の思いが、警察や裁判所でもう一度審議の必要性の表れが見えてきた。

写真は水尻川の護岸工事で、葬儀の参列後で撮影した。原形復旧の基本的復旧工事だが、そんなにも大工事が必要だろうか。民主党の「コンクリートから人へ」の行き過ぎた政策もあったが、自民党に代わり大分の停止された工事が復活した。建設会社の疲弊が加速した中で、再度、大震災の復旧は建設会社の復活があるが、再建の形は人の住まない場所までも、津波の人的被害とならない場所までも、生活環境整備が異常なまでに拡大し進んでいる。「人への救済」で過疎化も鈍化される気がする。
河北新報の29面に載った記事、まだまだ先は長いようだ。
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