2016
03/25

町民の死は私の悲しみ

旭が丘2
ゴルフ仲間だった後輩が50歳前半で亡くなった。余命が半年の医師の診断が悔しいがあたってしまった。
昨日は偶然の巡り合わせだった。菩提寺の「大雄寺」さんに、祖母と叔母の法名碑を刻む石材屋さんをお願いに行った時、「町の高齢の方が仮設で亡くなっていますね。」との話の中で、「昨日に亡くなった方は若いですよ。」と聞き、話していくと知っていた後輩だった。パソコンに長けていて重要部分に地元の会社で携わっていた。
多くの人達と会うが、今は健康診断を欠かさずやった方が良いと助言する。私は主治医に採血による総ての身体の検査をしてもらっている。体の変化は「痛い」「苦しい」などおかしいと病院に行く、あとは自己判断ながら、まだ死ねない。
旭が丘1
現在、志津川地区の旭ヶ丘団地の隣に高台西地区が整備中だ。あの津波で家々が瓦礫となり坂道を埋めた。多くの町民がここでも亡くなられた。その場所は「高台横断道路」の場所に今後変わる。その坂にあった「桃の花」は道路を隠すまでに大きく成長し、花が咲き誇っていた。5年の月日の長さをこんな事でも感じる。この春の花々を彼に捧げたい。
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