2016
03/24

あの世紀末のような町が復興へ

市街地2
昨夜は後輩と長野県での交流会を振り返った。場所は登米市の「三陸つぼ八」で、平日ながら若い男女のグループやゴルフ仲間が、楽しく居酒屋の料理を味わう。我が町のこんな時は何時になるのだろうか。
役場からの仕事入札があった。25日の3時までの見積で、納品は今月末で我が社にとっては難しいが、年度内に契約を済ませたいとの考えのようだ。震災前にこんなにも町からの仕事があっただろうか。町の行政サービス再建の為に、国の復興交付金が「湧く水の様」に使われている。これも「町の見える化?」なのだろう。町民の関心はと言うとないに等しい。これが何処に流れるか、解る人には判る。
何も言えない高齢者は、静かに町の成すままの、町の変化を見つめている。私もその一人になっていく。
市街地1
21日の振り替え休日に当時を思い返す為、23.3.11の場所に立つ。5年が過ぎてのこの変化を被災地の教訓としたい。防災庁舎だけではなく、今は「高野会館跡地」がクローズアップされている。まるでメディア合戦の様に、町とホテルが競い合っている。町は「高齢者芸能祭」の開催と、ホテルは「語り部フォーラム」と、町復興の相乗効果? ともなり得る。大震災で亡くなられた町民の事など、私は何処からも感じられない。
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