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2016
03/19

津波対策と大震災記録


咋朝、食事をしながらNHKを見ていると前総務課長の佐藤氏が出ていた。目の前で家と妻が津波で呑まれる姿を、防災庁舎の屋上から見ていた。震災後は町の再建に力を注ぎ、妻が夢に出てこなかったと言う。現在は姉と二人の暮らしの中で、妻の友人たちが家を訪れ妻の話しをしてくれる。姉はある夜、眠りながら「おんおんと泣く」、弟の姿を見たと言う。何時までもあの震災は人の心から消える事は無かった。佐藤氏は今、当時の事を記録に残そうとパソコンに向かっていた。

前佐藤総務課長の家も川から50M、海からは400mの場所にあった。昨日開催された県印刷組合本吉・気仙沼支部移動総会が、気仙沼の大谷海岸にある「海洋館」で開催された。ホテルは海岸から30mの場所で被災し再建され、営業を続けていた。屋上も設置し5階建ての建物は、津波対策を講じ鉄筋コンクリートで、結婚式場と宿泊施設を新しく整備していた。大谷海岸の再生を願う地区民の意向の中で、その整備は防潮堤の設置場所で、国と県を巻き込み今も議論が続いている。地元の大谷海岸で潤った大谷地区、この環境への思いは他の人達には解らない事も多い。地区民の中でも「環境」を取るか、安全を選択するかで意見も分かれている。
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海の見えるブライダル施設は、新しい設計で玄関のウエディングアーチからも、大谷海岸を一望できる、素晴らしいロケーションで、食事も和洋中を取り入れていた。昨日の会議でも地物のホタテや、メカブ・フカヒレ・かじきマグロなど、南三陸の海の恵みをふんだんに使ったコース料理を堪能した。
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会議は今年県組合の「60周年記念」にあたり、この節目の年に「東日本大震災」は欠かせないと、記念誌に被災地の印刷会社の再建の特別ページを設ける。会員の一人一人からの聞き取りとビデオ・写真の中で、この5年間を振り返り、5年目の今の状況を発表した。
最後に全国的に有名となった「南三陸町」がある。本吉郡は津山町が登米市に合併となり、本吉町と唐桑町が気仙沼市に統合され、現在は南三陸町だけとなる中で、「本吉・気仙沼支部」から「南三陸・気仙沼支部」への変更を本部に提案した。5月の総会で改名が議論され決定に向かう。

この後6時には長野県飯島町に向かう。中国地方のトンネル内の車の多重事故があり、クラックの運転手が過労運転で「業務上過失致死」で昨日逮捕された。自分が運転に最大の注意を図っても、もらい事故が多く何の運転ミスも無く、多くの国民が大切な命を落としている。とにかく安全運転で楽しい「支援の恩返し交流」をしてきたい。お土産は南三陸のワカメとホタテとした。一番のお土産は笑顔での再会である。
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