2016
03/06

南三陸町を去る方と一夜


3月の今は寒い中での「海の開口」がある。天然若布を45年前はよく海岸に取に行った。ツブ・ふのり・まつも・ひじきなど、海岸線には一般の人達が海藻やアサリを取りに賑わい、海を親しむ状況が昔はあった。現在は漁協の規制が厳しく、海岸線に一般人が入り海藻や貝を取る事ができなくなっている。「親水性」とよく震災復興の在り方の会議で言われるが、被災現状の保存の見学や、海の状況の模型・飼育している海水生物と触れ合う事と、本当の子供たちの親水性とは違う。海には危険がいっぱいある。切り立った海岸線・潮の満ち引きによる変化・危険な海水生物など、体験し厳しさの中に自然の素晴らしさがある事を、子ども達には知って貰いたいが私の願いだ。南三陸リアスの海は、危険が至る所にある。それを知った上で始めて海の素晴らしさが分かる。
写真は1月の旧役場前の八幡川で、一昨日前の昼間は「干潮」で川底が露わとなり、堆積物の多さに驚き、川の縁まで2mはないだろう。今後「8.7m」の河川堤防が建設され、「祈念公園む整備されるが、防災庁舎の遺構は現在のままの位置で、雨水の対策として、ポンプを稼働しては対策を講じて行く。
歌津地区に気仙沼までの途中に、周辺の変化を見つめている。先月の歌津商店街の移転の時には、水門や開閉の施設があったが、半月も経たない内に解体が終わっていた。本格的な歌津の市街地整備が加速しているように思える。
CIMG5978.jpg
祈念公園の海辺に「海のビジッターセンター」が建設され、観光客が南三陸町の海の状況と、海水生物に触れたり、南三陸の生物を紹介する。女川町のこれからの新しい町づくりは、ボランティアの定住やUターンの住民の確保と、観光交流の拡大があり、町から離れた住民の帰還に関しては、若いこれからの世代は訴えてない気がする。やむを得ず町を離れた人達に手を差し伸べる事も必要と思う。しかし、町を離れた人たちはもう帰ってこないとの諦めなのだろうか。
アメリカの年齢人口グラフがテレビで映し出された。日本は子供から20歳代までが減少し、高齢者の拡大と働き盛りの、頭でっかちのグラフだった。アメリカは底辺が広くバランスの良い形の維持があり、今後も成長する可能性を示していた。国外の移民の侵入の問題はあるが、国外からの若い流入者は子供達を生み将来のアメリカの、安定人口の体を成していた。

日本では毎日のように児童虐待や、子殺しや子供達の交通事故などで、多くの子供達が自分を主張できないままで、親の勝手で命を落としている事件を目にする。近い将来の日本の衰退を思わずにはいられない。
志津川高校の卒業祝いに駆け付けてくれた「キロロ」のお二人は、沖縄出身で結婚をして現在は3人の子供の親となっていた。沖縄の環境は子どもが多くても住みやすい所・家族関係が、その最大の理由だろう。本土の「待機児童問題」は生みたくても生んでからの生活か成り立たないと言う。国も将来よりも自分たちの生活を守る事に力を注ぐ。国の予算と体制は政府が握っている。我が子の環境を整備する事が、国の一大問題でありながら、それに本気で取り組まないのは、保育所や保育士の確保整備をしても、将来的には存続・維持が難しいとの理由も上げる。今やるべき事を実施し、問題が発生したら改善・変更をするが、会社・家庭の対処の仕方だと思うが、国は規模が予算約100兆であっても、それを上手く切り盛りが出来ていない気がする。
オリンピックの「聖火台」の設置が建設計画に無かった。隈研吾氏と大成建設の計画案ながら、余りにも初歩的ミスで、いくら沢山の有名構造物を造っていても、その公募入札に政府の思惑が深く関係しているように思う。
不思議な事は気になってしょうがない。
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