2016
03/04

2011.3.11から


仕事のできる事は幸福と被災地の商店主は言う。再建してのお客が居ない事を夢見る。人口減少は被災三県にとって将来への大問題で、「震災復興特需」での潤いも後5年となる。今度は復興交付金の活用で新しい町の経済が、被災地の生業が成り立つかが、復興計画の「失敗か」「無駄か」「効果が見られない」など、その結果が関わった人たちの責任が問われる。
志津川町に来る方は訪れる度に、道路が変わっていると言う。町に住む私でも「この道は何処へ」と昨日は、誘導員に聞いた。旧保険センター前が嵩上げされた場所に道路移り小学校へと続き、旧助作の河川道路は「河川堤防」の整備にあたり、山裾を通り中学校に出られる。水尻川の橋も隣に建設され後5mで繋がりそうだ。神の山緑地への道路も高台のコンビニ近くから、残った五日町の地区へと道路が出来ていた。
取りあえず嵩上げ、道路がないと次々にう回路を整備し舗装の繰り返し、国からの予算が付くとは言え無駄な事ばかりだ。それは大手の建設会社の仕事であり、雇用されている従業員も多くその維持に繋がっている。国も議員も官僚も企業と「持ちつ持たれつ」の中である。国民も政府と良好な公平な関係なら、「幸福な国」と言えるのだろうが、何処かでピンハネする輩がいる。国民の怒りがいろんな形で社会問題となっているのは、これまで続く「輪廻」とでもある。南三陸町志津川の千葉家も「千葉印刷」も終末まで後少しとなった。
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米国による「トモダチ作戦」があり、議員として歌津地区の被災現場を見に行った時に知った。歌津泊半島に米国の空母「ドナルドレーガン」や20隻の船艇と2万人の海兵隊が、海からの支援活動で動き孤立した地区に物資を届けた。泊地区の集会所に行くと米国製の下着や食料があり、地区民への配布の管理を住民がしていた。5年を迎え「記念式典」が開催されたと言う。米国との関係は「安保」だけではなく、いざと言う時に助け合う仲でもあった。世界の隣国との「緊張緩和」には、大国の世界支援は欠かせない。戦争放棄の日本憲法も元で、世界貢献に何が日本はできるのか、もっと議論が必要のようだ。私は負けず嫌いと、自分のしたい事は貫き、正義を重んじたい。こんな考えで60年間を生きて来た。これからの世代に日本を任せたいが、若者の生活不安は多くの異常な事件発生へと繋がっていた。
こないだの志津川高校の卒業には、「戸倉剣道スポーツ少年団」の教え子が一人いた。指導者の未熟と生徒も少ない学校が、南三陸町内の剣道の激戦区で、初めて優勝を成し遂げた。震災前の年ながら、彼らは諸々の環境の中で偉業を果たした。彼らの頑張りが戸倉地区の小学校の剣道に新たな歴史を造ったと私は忘れない。私の教え子が新しい南三陸の一員とて、素晴らしい町が再建される事を祈っている。
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我が家のリビングには、「ハナモモ」と「シュンナハナミズキ」が、可愛い「ピンク」と「黄色」の花を咲かせている。花を愛でる心にゆとりが出来てきた。町内の皆さんもギスギスした時から一日も早く解き放たれて欲しい。
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