2016
03/02

母校! 志津川高校


「私も42年前に志津川高校を卒業しました!」、卒業生のお母さんも「30年前」の卒業と、父母からの先生方への謝辞で話し、高校生時代に先生からの「叱咤激励」を胸にここまで歩んで来たと言う。高校時代の先生の厳しさの上に今の私があり、これからも子供達を見守ってとお願いした。震災時に高校の恩師の先生方が避難所や被災地に、支援と笑顔を届けに来てくれた。その時の喜びと勇気づけられたと思い返す。そんな自分を振り返り、子供たちもそんな人たちに恵まれ、卒業後も人の支えや温かさがある、子ども達もそんな人間になって欲しいと語り掛けているようだ。
校長の式辞には、4年前の大震災から、世界で一番災害に強い町「防災都市」を目指す。しかし、地方の若者離れが深刻なものとなっている。町では支援をして行くと言う。取り組みは他の高校ではないと話した。
町はこれから、自然と融合した生業の町をつくる。何があっても生きようとする強靭な力が備わっている。「人間愛」を優先する。皆さんの愛する南三陸町、登校坂の記念碑に「生きて共にいき学ぶ事の大切を知る。」と語った。
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サプライズが卒業式終了後にあった。NHKの「明日へのコンサート」の収録が高校の卒業式だった。卒業生の一人が「キロロの歌を聞きたい」と、メールを送った事が実現となった。
キロロは「前を向いて過ごしてきて、新しい未来を築く日が来た。」と卒業生に話し、デビューヒット曲の「ベストフレンド」を歌い、次に「みんな貴方を愛してる」の新しい曲を、会場全員で歌った。「周りを愛して自分を愛して」の言葉を、お守りにして下さいと歌の後でメッセージを送った。最後に「未来へ」の最初の歌詞に「母がくれた沢山の優しさ」「ほーおら足元を見てごらんこれが貴方の進む道・・・」の歌詞の歌に、目頭を押さえる卒業生の姿があった。

私の母校「志津川高校は最高です。」、生徒数の減少が続き4クラスが3クラスとなり、今後も学校存続は厳しいと思うが、南三陸町の燈火を消す事ないよう、卒業生で何とか町づくりと並行して高校の存続を訴えたい。


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