2016
02/29

賑わいの南三陸町  私は穏やかな街でいい

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多忙な終末が終わった。
昨日は町自体が大きなイベントが目白押しだった。石川さゆりさんのコンサートがアリーナで開催され、叔母も楽しみに出かけた。10周年のイベントの一環なのだろうか。ベイサイドでの「福興市」も開催されコンサートに来た方々も、ついでに出店に寄る、相乗効果となった。
8時30分にボランティアの方を民宿から、受け入れ水産会社に案内をした。それは韮の浜でワカメの芯抜きとメカブの処理だった。4人の広島からの皆さんは「初めての作業楽しかった」と話していた。社長さんの奥様が夕方、「忙しい時に助かりました」と御礼の電話をくれて、「お土産に『メカブ』を持っていって貰いました」と言っていた。心と心が繋がったと感じた。
高台移転の自治会長さんが、急ぎと言い会社を訪れた。地区の区割りとか今後大きな取り組みに、住民は大変だね。と互いの意見が一致した。

午後2時からは「JR大船渡線・気仙沼線の鉄路での復旧を早期に実現する南三陸町の集い」が、南三陸プラザに200名が集まり、発足がされた。気仙沼線の再建開通に向けての一歩となった。
旧気仙沼線の開通を訴え80年の年月は、当時関わった先達たちの労苦と希望が実った。そして今回、町のトップが高速バスシステムでの全線の再建策を、JR東日本の案を了解した。これまでの歴史を考えない、自己本位に町の再建に、JRからの資金・環境整備費を引き出す、一期間の町の再建の為の政治決定は、いったい誰の為なのか。その蔭で苦労する学生や高齢者などの町民がいる。出来ないと希望を捨てる町の決定は、鉄路再建に努力なしに楽な道を選んだ。トップとしての気質に添わない行動ばかりを思う。
集まった人たちの顔触れに、諸々の利益の思惑も伺え、本当の真実の方向性は何なのかをもう一度考えて欲しい。高校生の通学は家族と両親の苦労に対する、「感謝の涙」「将来の後輩」を思う優しさを思った。自分の学力の向上の為の「朝課外授業」に参加したいが、BRTだと間に合わなく母親に迷惑をかけると、「送って」と言い出す事もできない心の内を話す。子ども達の学力の向上への教育環境の整備の配慮が行政決定の中には無い。
気仙沼の方は、南三陸町での鉄路の復旧の諦めは、気仙沼線の延伸とならなく、自分一人の判断は三陸沿岸への鉄路の廃線を意味する。南三陸町の鉄路再建の集会には行政職員が一人もいないと激怒する。気仙沼の集会には遅れて来たものの、職員も出席したと言う。町の職員も町トップの言いなりで、町の将来を真剣に考える人はいないのだろうか。しかしながら、我が町にはトップの意に反すると職員への制裁「左遷・昇進」の、パワハラも見られ、職員はそれにならうしかない。旧志津川町の自由に発言のできる環境は何処に行ったのだろう。

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夜6時からの「音楽の夕べ」は心休まるひと時だった。広島で活躍するシンガーソングライターの「森本ケンタ」さんと、国内に2個しかないクラヴィオーラの演奏者「折重由美子」さんの、ミニコンサートに酔った。震災後に「足長おにいさんブロジェクト」を続け、小中学校や福祉施設・イベント会場で、被災地の人たちに寄り添った。全国を回り募金活動もしていて、継続する事の大切さを「阪神大震災」で体験し、5年間の活動はこれからもと力強く話してくれた。

また一つ活動を終えた。
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