2016
02/19

広範囲で町が変か! これが復興?


志津川地区の川に架かる橋の名前が最近出てこない。復旧復興が先に必要な状況ながら、多くの志津川の橋の名前が忘れられていくのは寂しい。これまで町の生活を支えた「町の橋」を、今後も過去の物と片付けて良いのだろうか。
写真の八幡川に架かる橋は「八幡橋」で、この橋もあと一年で撤去される。国道398号が旧五日町の町の中央交差点まで繋がり、その後に無くなる。写真正面の橋のたもとに現在「人道橋」の建設の橋脚建設があり、鉄骨が何本も打ち込まれている。台湾の大地震での柱の鉄骨の少なさと比べ、その数に驚かされる。
後は小森に建設中の三陸道のインター工事の準備で、以前のう回路からまた高速道の真下に「う回路」が建設中だ。年度内の開通は諸々の状況の中で、一年延びる事となった。
海岸線の大森地区と本浜町を結ぶ道路が無い。現在は防潮堤の高さで以前あった「曙橋」の、震災復旧で再建が進んでいる。本浜の旧市場から「水門」を探すが撤去され、その後ろに白い幕で覆われた物体が、橋の建設の囲いだと言う事を知人から聞いた。8.7mの堤防と10mまでの土地の嵩上げにより、橋の再建も大規模な物となっていた。
志津川地区の十日町から新井田までの、旧国道45号の現在のアスファルトが撤去され、川となる溝を掘り始めている。皆さんにブログで伝えたいが、ここまで行くためには工事の休みな日と、車を止めて歩いて行かないと写真は撮れない。この現光景は絶対に残すべき姿であり、「今度の日曜に」と既に4週間が過ぎた。
本格的な志津川地区の再建が加速しているのは当然で、後残り20日で5年目を終えようとしている。一人でその姿を伝えようとすると限界がある。

今日は「後援会事務所解散」の手続きに気仙沼に行く、看板設置の為だけに講演会を立ち上げたが、政治資金なるのもは集めても居なく、企業支援も個人資金援助も貰ってはいない。毎年の収支報告を続けて来たが昨年末は、年末年始の入院となり、会の存続の意味が無くなった。一つの区切りを付ける事とした。

私の歴史の一つがまた一つ幕を閉じる事となる。

今月は「婚活事業セミナー」に参加しようと思っている。独身者が増え出生率も低下する被災地の状況に、小さい自分にできる活動を見つけたい。町では結婚への事業の展開は考えてないと言う。しかし、近隣の市ではその活動を進め、専門家の講演も開催していた。将来に繋がる「種まき」とも言える活動が、疲弊へ加速続ける町には無い。出来ない! のだろうか。
 
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