2016
02/17

前略 須藤様

人との繋がりがまた人へと、その輪は次々と繋がって行く。共に復興の意を同じく方々が自然と結びつく不思議に浸っている。
私のブログを遠くシンガポールで見て、南三陸町の実情と支援の交流を知り、大阪・長野の方への御礼の手紙を送っていた人がいる。今回の長野の「御柱祭り」に、4年間も支援を頂いた長野の竹澤さんが、「須藤さんも来てくれませんか」と気持ちをもらった。偶然お父さんが昨日、我が家へ親父を訪ねてきた。息子さんは何処にいますか? と聞くと、「4月には帰ってきます。こないだはイタリアから電話来ました」と話していた。身近な所に世界を駆けまわって頑張っている事を聞かされた。3月は故郷へは来れないと話してくれた。
是非、私も会って話をしたい一人だ。

今日は仙台の機械屋さん2社が来る。お客さんも仙台から二人と、材料屋が集金に来る。みんなお金が発生するお客だ。仕事も暇だけどマイペースでいい!

昨日は東京のこないだ同級会で会った仲間が、私の体調を気にし「大丈夫か?」と電話をくれた。同部屋で寝不足でじーと朝日を見ていた私を心配してくれていた。彼も大学から政治秘書となり活動していたが、自分の夢を断念した。現在の若い国会議員・秘書の事件・問題が多発し、国民の為でなく自分の事、金目的な人材を嘆かずにはいられない。人を思い故郷を忘れない、こんな政治家が国政に関わって欲しかった。「俺は大丈夫だよ!」と言うと、現在の病院周辺の変化に驚きを隠せないでいた。遠くから故郷を見守っている同級生が沢山いたことに感激だった。
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現在はお昼の「手作り焼きそば」にはまっている。一食当たり「150円」で、モヤシと卵と余り物のハムを入れる、これが早くて安くて美味い。
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一昨日、母の入所している施設の人から電話がきた。「すみません」「気をつけます」との謝罪の連絡だった。昨日に施設への会計に行った時、直ぐに看護師が駆け寄ってきた。「すみません」の言葉に、私が恐縮してしまい「お世話かけます」の言葉しかない。聞く所に寄ると、食事の時に車イスとテーブルの間に手が挟まり、手の皮下出血が出来ていた。何てことはない! 昔から怪我の絶えない母には蚊が刺されたくらいだろう。

果たして今日はどんな事が起こるだろう。最近、会社・家庭や身の周りの整理がやっとできるようになった。震災後の色々な資料が出てきて、多くの人達の支援があり、その心の優しさに浸った。いつか一般に紹介できるように、震災資料として大切に保存している。会社を戸倉荒町から沼田の商工団地に移して、引っ越しで河北新報の役場職員の殉職者の見開き2Pの新聞が見つからなくなった。当時の職員の顔を全て知っていて、忘れる事などできないものの、その形ある物を手元に置きたい。現在の職員は関わりのある部署しか知らない。
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