2016
02/14

南三陸町の合併10年の意義は

最近、町の印刷業務としての見積依頼が、南三陸町から多く来る。総合計画の中でも「見える化の推進」など、町民に復興の姿を伝える為の印刷物なのだろう。
パブリックコメントも、「防災庁舎県有化」「町の今後5年の総合計画案」など、町民から意見を求めている。しかし、回収率や費用対効果を考えても、どのように復興にプラスとなっているかが分からない。
こうした被災自治体の復興へ向かう活動を、復興交付金の算定基準にしているのだろうが、町の復興の加速や住民の為になっているかと言うと、自治体の予算の確保と一部の業者への仕事でしかない。
「県有化」のパブリックコメント「住民意見」の14%ながら、民意とその結果を行政の進もうとしている考えに、無理にあてはめようと言う節がある。
気仙沼市の人口減少による交付金額が決定した。「23億円」で、5年間での交付だ。当初は50億の減額を覚悟していたが、被災地特例軽減と5年間だけ猶予された。その後は減少した人数分の交付税となり、この最低額から年間「10億円」が給付されない。また、今後の人口減少からも交付金の減少で、住民への生活環境の整備と財政難は厳しくなっていく。
南三陸町も同じだ。気仙沼で1割の人口が減少し、我が町も3割の人口減が今後も進む。復興が順調と言う自治体としてのメンツと、復興交付金の獲得に懸命に町職員と町長は一生懸命だ。

「ボランティアセンター」のプレハブの解体が始まった。若布の刈取りも繁忙期となり、「観光に来ながらボランティアをお願いしたい」と言う、若き漁師の苦悩の声が昨日放映されていた。せっかく養殖で育てたワカメを、加工できなく捨てる事もあると言う。ボランティアの力に寄る生産活動は何時までも続く訳も無く、他者からの依存の脱却が求められる。しかし、多くの地域の住民が流出し、作業員の確保は町では難しい。「南三陸応援団」のボランティアの継続策も、安易な自治体の考えもいつか破たん、こんな現実からも見えてくる。日本はまだ元気だと言うが、国民の生活の疲弊はそこまできている。自分だけに肥しをまく政策はもう終わりにしないと駄目だ!
今度も4千万円の外国赤十字からの支援があり、「生涯学習センター」の建設資金として使われる。台湾からの町病院への「22億の支援」があり、小さい町には相応しくない巨大病院が建った。昨日に発生した「台湾南部直下型地震」があり、支援の恩返しとして南三陸町はどんな支援をするのだろうか。この発生により台湾からの観光客の誘致も厳しくなる。人の支援を受ける事は「お互い様」と言う、昔からの人付き合いの基本がある。アメリカからオーストラリアからの、多大な支援の恩返しを今後も続ける事の大切さは、震災時の首長に責任があり、辞めたからと言ってその任から解かれる事はない。今後一生被災地のトップとしての役目がある。
政府からの4000億もの復興交付金は、南三陸町の再建が目的で、住民の確保もその大きな政府の要望がある。しかし、こんなに町民の減少による町からの税金の徴収は厳しい。私はこの町に国民・町民としての役目を全うしたいと思っている。会社の維持はその根本となる。公平・平等に地元の事業所を見て欲しいが、町には何も見えないし、そんな余裕も職員にはないだろう。自立居派遣の任期を全うし、多くの手当の保護の元に元の暮らしに戻って行く。
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