2016
02/13

人間の心に潜む悪魔


昨日は商工団地の我が社の看板制作の打ち合わせに登米市に行った。登米市で頑張る志津川地区の友人に、南三陸の魚と惣菜を買って行き、佐沼の看板屋さんには「志津川産カキ」を持って行き喜ばれた。小さい看板ながら30万前後かかると言う。ここでの仕事は10年余りと自分の中で考えているが、30年以上持つと言う。「千葉印刷は被災しても頑張っている」との証としたいと思う。しかし、仕事の付き合いも広がる事となった。反面、時代の流れで15年余り続いたお得意さんが、また一つ消えて行った。
登米市に行ったついでに「ウジエスーパー」の、日本一弁当を買いに、登米市の本店に行き、弁当を探すと2個残っていた「ラッキー」だった。父の剣道の友達であり、母の義理の姉筋の氏家さんは、佐沼から県内一円に店をオープンさせ、現在の原点が「佐沼のおばさん夫婦」とよく聞かされた。昔は佐沼の旧商店街の裏にあり、母と家を訪ねて行った事を思い出す。今では「日本一」の商品を作るまでになった。
昨夜は父に日本一の弁当を食べさせ、「美味い!!!」と言って食べていた。南三陸産の「銀鮭使用」がまた嬉しかった。二種類の味付けご飯と漬物2品、そして卵焼きと誰もが喜べる内容だった。
3月10日まで全店で販売と言う。是非、賞味して欲しいが昨日のように品切れ覚悟で行って欲しい。昨日も2時頃ながら2個の状態だった。
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平磯の仮設の道路脇を通過した時の一風景だ。遠くには老人介護施設があり、海から300mは離れ、海抜は20m前後と津波の心配は少ない。我が町の新年の風物詩「悪魔払い」を見つけた。家や部屋などの御払いの道具が、道の角に納めてあった。震災後は神事に疎い私と父は、神棚にお札と画像を準備するくらいで、家の御払いはもうしていない。
海岸部は「危険区域」として家が建てられない事から、町の造成した場所に行政は住民移転を促す。しかし、土地の価格も高く、民間で造成した場所への住民の希望取り消しは続いている。民間の会社は農地や原野を切り開き、町の整備地よりも「早く安く」の開発が町内の至る所で見かける。その結果、町の災害公営や土地区画からの住民撤退で、行政はその空き地の住民希望を募っている。「募集に希望はない!」に決まっている。これまで約20%に近い、町の提供場所は町民が入居を辞めている。どうするつもりだろう。
長野県飯島町への「七久保御柱祭り」に来ませんかの案内は、仲間が2人一緒に行ってくれる事で実現し、その要望が叶えられそうだ。これまでの支援に何を持参すれはいいか、現在思案中だ。若布・ホタテ・カキ等、地元の新鮮な海の幸を持って行き、南三陸町を伝え発信してきたい。
個人での仲間の支援を受けての長野行きは、また、予想外の出費となりそうだ。名古屋の関わった建設会社が「破産」し、弁護士より内容証明郵便が届いた。大きな希望(野望)が、被災地を利用した会社の発展は夢と消えた。金欲と我欲が泡と消える瞬間である。神様は見ていて悪は消えるが、つぎの代が邪な経営意識を変えて、誠実・真実の道へと変更させていれると、私は信じている。

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