2016
02/10

蜃気楼


7日の歌津の仮設商店街に行った時、かさ上げされた場所から、広々と見渡す歌津湾をカメラに収めた。改めて画像を確認すると「蜃気楼?」らしき物が、水平線上に無数の四角いビルのように見える。日本海の富山で良く紹介されるが、歌津地区で蜃気楼は新たな発見だった。
今日は薄ら雪が大地を覆っていた。朝5時に起きエアコンを30分稼働して起きる。暖かい布団から室温2度の寒さで「心筋梗塞」「脳梗塞」など、持病の血液ドロドロの対策をしての日々の行動だ。両親がこんなにも元気で、まだ死ねない!
たま、機械が故障した「20万は掛かります」と言う。出費は安心した頃に発生する。油断大敵だ。マイタウン情報も予定どおりの「第二日曜配布」の準備を終え、「復興第47号」を発行できる。ついまで続けられるか判らないが最後まで続けた。
昨日、長野県飯島町の知人から「ありがとう」の電話がきた。昨年12月に正月用の「御餅」を頂き、忙しさから2月まで恩返しが伸びてしまった。今が「旬」の寒鱈を一本を食べやすいように切り分け送った。空いたスペースにはブランド「南三陸ワカメ」を添えた。電話は「どうして食べればいいの?」だった。鍋・煮魚・フライなど、淡白な魚でどう料理しても美味しいと伝えた。長野までの送料込みで「5千円」の贈り物とした。お世話になった方々へは、地物の魚を一本送る事にしている。クール宅急便で次の日に気持ちが届く。今回は長野県「七久保」地区の7年に一度の「御柱祭り」に行こうと思っている。諏訪大社系の「御射山神社」への奉納で、50回300年の大祭と言い、是非との案内を貰った。竹澤さんは「坒細な交流だすが」と謙遜して下さる。一緒に行ってくれる仲間を募集している。20日大祭で19日な向かい、片道8時間の所要と遠い。支援の皆さんはこんな距離を3年続けて、被災地「南三陸町支援」に来てくれた。
中央区への土地の分配が始まった。147戸の土地整備と言うが、現在は40戸が予定戸数から減少した。私の仲間も東京に留まったり別の地区へと変えた者もおり、中央区を取りやめた。その以上にはないと思う。何故なら「復興推進課」では入所決定まで進んでいるからだ。希望・予定では造成工事は、減少のままでだと余った区画整備は無駄な事になる。行政と住民の駆け引きが展開されているが、住民の生活の危機感と、行政の復興の在り方に温度差を感じているのは私だけではない。
さあ、今日はワカメと油揚げの「味噌汁」を作るか。
スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:43 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP