2016
02/08

再々オープンの賑わい


好天に恵まれた歌津商店街の再々オープンは、以前の場所から向かい側200mの所に、土盛りされた上に仮設が再度建設され移動し、営業を7日から開始した。
午前10時からのテープカットで始まり、テレビでは町長が挨拶をしていた。今年度中に伊里前地区のかさ上げを済ませ、志津川と同じ頃の29年3月に「町開き」を目指し、地域の再生が始まる。
仮設の集約に伴い最後のまで残される予定の「吉の沢仮設」に行って見た。静かな仮設の生活がそこにはあった。
知人の新築中の家を確認に、本吉町までの「グリーンロード」に向かった。震災時の海岸線の津波被害から、被災者が活用した避難道路でもある。あれから震災復旧のトラックの交通も多くなり、一部舗装の無い部分を整備し、復旧・緊急時の国道のう回路としての道路が整備されていた。
以前まで志津川地区の駅近くの、スーパーなどの大型量販店・個人病院などがあった場所から、造成完了を待てないと、不便な場所ながら土地の確保と格安さで、買い物・生活などには不便な場所に、新たな住家とする事を決めたと聞く。震災から5年の諸々の被災の環境の整理と、新たなスタートは家族が無事でいたからこそ、ここまで来れたのだろう。後2か月で新たな生活が始まれるところまで、家の建設は進んでいた。家族が一緒なら少しの不便は気にはならない。
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土曜日に朝に「安藤忠雄氏」が出ていた。オリンピックの国立競技場の審査委員として、先ごろまでテレビで各関係機関・国民の審査問題に、テレビでその実情を真摯に説明していた。南三陸町との関わりとして、歌津地区の牧野前歌津町長の私費を投じた、歌津駅の「鎮魂の丘」の整備と監修に協力してくれた。
日本の観光の在り方を話していた。「地元の個性を発見して磨く」と、自分の観光の成功の考え方を話す。そこで北海道のある所の取り組みを紹介した。大きな大仏像を造ったものの、観光客が増えないので、どうしたら良いか相談されたと言う。安藤はあえて大きな大仏の頭だけを出して大仏を石で覆った。頭だけを出した覆いに紫色の「ラベンダー」を引敷きつめた。この整備により観光客は特段に伸びたと言う。
ヨーロッパから帰ったばかりと言う安藤、年に数回ここを訪れ写真に収めていると話す、季節の変化を確かめながら、施設にもっと必要に物と模策を続けていた。
世界的建築家の発想は、通常からの転換と後世に残ってもその輝きを保ち、他に類を見ない構造物の整備が必要と、観光客の確保に繋がると安藤の話から思った。

最後まで我が町の復興の姿を伝える。こんな使命をまた新たにした。

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