2016
02/06

歌津地区伊里前市街地が大きく変化していた


昨日は歌津の中学校仮設の知人を訪ねた。後輩の強い仲間の家であり、互いに助け合う仲間としてある。明るい奥様の笑顔に励まされ、私の心の応援団家族である。
そんな家族が暮らしていた歌津伊里前地区は、高台の残った家以外は全て無くなった。歴史も思い出も大切な人もだ。そこから立ち直ろうと必死で、一歩ずつ前に希望を胸に進んでいた。大切な家族を亡くした家庭は、未だに「心の傷を抱き」ながら、日々が繰り返されただ過ぎている。
写真は「歌津バイパス」の解体が始まった。水門の解体も見られ、予算の確保の方向性が見え、今年から一気に伊里前地区は大きく復興へと走り動き始めた。5mの嵩上げの計画で「海抜は7m」となり、防潮堤も当初の計画だと「8.7m」で今後進む。来月で震災後5年を経てやっと歌津の街の再建が本格化する。遅いと思うが地区が小さい為に、志津川よりも早く地域の再建に向かう。
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伊里前福幸商店街も国道向かいに移築され、残り一年間を前の「町開き」に向け、商店主は地区の発信と町の復興を支えていた。
全国の被災地の観光支援の皆さん、歌津地区の仮設商店にも来て頂きたい。人情と地域を守っている商店主さんに、「良く頑張って来ましたネ!」と、皆さんからの応援の声が最大の元気に繋がります。一人でも多くの人たちが、伊里前の色々な苦境の中で頑張る皆さんを労って欲しい。私も「一万円」を握って、今度は全部のお店を廻って見ようと思う。
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昨日は還暦祝いの同級会が終わったばかりなのに、北海道に帰る友とのお別れ会の晩さん会を開いた。仲間が地元の先輩の寿司店から豪華寿司に舌鼓、女性達は特製愛情たっぷりのブリ海鮮鍋を作ってくれた。3体3の正に「合コン」のようだった。同級生の祝い会での友達の変化に話題が盛り上がった。
残った時間で「頭の活性化」の麻雀をした。「北海道旅行」「又の同級会開催」等など、話は麻雀よりも昔話に終始した。そんな時に「桜島噴火」の臨時ニュースに目が止まる。レベル3だった。しかし、昨年の噴火は700回とも言われ、同等の噴火は「150日」ぶりと伝えていた。仲間が言う「今回の大震災に比べれば」と、確かに、私たちもその家族も体験する事ない、千年に一度の大災害の中を生きている。今は皆で笑って楽しい事をしたいと話した。「来年は秋保温泉で」、こんな話も現実身を帯びて来た。
楽しい話とビールと鍋で、9時30分には解散し昨夜は爆睡だった。また、昨日は長野県飯島町の知人から、7年に一度の「七久保区御柱祭」への招待が来た。出無精の私ながら震災後の支援に応え、何とか行く計画を立てている。震災による出会いが互いの町に人を呼び込む、行動に繋がる。疲弊する自治体に「日本人交流の輪」が広がる事で、日本人の笑顔が一つでも増える事を願いたい。「友達の友達は皆友達」、こんな言葉が思い浮かぶ。私の町では「友達の友達」は無い。飯島町のフェイスブックの友達リクエストに「承認」クリック!


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