2016
01/29

突然の訪問者と 衝撃の政治問題


昨日は足が痛いのにわざわざ会社まで、星さんが訪ねてきてくれた。80歳半ばを過ぎ弱音を吐く事なく頑張って、この町に暮らしている。
高齢者社会の加速する「南三陸町」は、若者の安定居住環境の整備も進まず、高齢化率減少への、強力な政策と思い切った取り組みのアイディアもない、これまでどおりの生ぬるい政策を続ける。誰も止められない被災地の人口減少と言うが、宮城県の人口減少も示され、約200万人から、45年後には150万人への人口予想があり、仙台市・大和町・富谷町などが人口増加と安定の中で、減少する地域の被災地だけがそのスピードを加速する。

大森地区の「すみれ会」の皆さんと話しをした時に、ホテルで開かれる1~2回の高齢者の集まりが楽しみだと言う。町の「包括支援センター」の活動で、ひと時を町の高齢者が集まり交流会の開催だった。そこで町内の皆さんとの町の事を聞き、昔の仲間の老いに寂しさを感じ、これからも楽しく生きて生きたいとの希望を話す。南三陸町の高齢者問題は、60歳を迎える私自身も他人事ではなく、老々介護の現実に向かいまっしぐらだ。
私達の同級生の「渡邊富男くん」を知っているだろうか? 私と同じく母はまだ健在ながら、総てを津波で流出し、写真が欲しいと弟さんが来社した。同級会開催の私のブログを見て、わざわざ中高のアルバム復刻版作成した物が欲しいと来てくれた。
中高と志津川で一生懸命に頑張った彼、今思うと「諦めない、ガンバや」だったと、彼の姿から学ぶ。決して仲間の事を悪く言わない、人をねたむ事無く、自分に厳しい人間だった。万年野球の補欠でも愚痴を聞いた事が無く、いつも会う時は笑っていた。彼の突然の死に、なんでもっと話をしなかったのかと、当時私は悔やんだ。誰かが傍にいてくれたら人生は変わっていただろう。苦しむばかりが人生ではないと、明日は仲間と色々な話をしたい、聞きたい、そして何か力になれる事はないかと、「遠慮せずに話してくれ!」と言いたい。解決は出来ないけど話す事で道が開ける事もある。私も一つの言葉で今がある。「雨の日は雨の中を、晴れの日は晴れの中を……」で相田おさむの書にその言葉はあった。起こった事を素直に受け入れ、自分ばかりじゃない、無理せず前に進む。私もこれで多くの苦難も乗り越えられた気がする。
160128_173148.jpg
甘利経済再生相が昨日、突然の辞任発表となった。産業廃棄物の処理と隠す事が目的の口利きがあった。大臣への献金は収支報告書に記載されたものの、金品を貰い「口利き」による「斡旋利得処罰法」に抵触する、政治家にありがちな事件ながら、それとは別に秘書が500万円を受け取り、200万は報告書に記載はしたものの、300万は個人的に使った。他の秘書も接待や金品を受けていた。もう説明責任を果たしただけでは逃げられない事実が、弁護士の調査により判明した。甘利さんの潔い辞任会見に、「これ以上政治の混乱を招く事は出来ない。」があるものの、自分の政治への教示があり、継続を許せなかったと、私は理解する。
安倍政権となり4人目の「政治と金」による、大臣の辞任劇で、総理は「任命責任は私にある」と言う、何の責任も取る事もなくこれまできている。政治家の責任の取り方は様々である。

南三陸町のトップも殉職した職員の為にも町づくりを続ける。と、こんな話を何回も耳にする。町の復興は進むが人口減少と高齢化と、「生活格差」は拡大の一途で、将来への不安ばかり目立つ。町長の後継者育成も無く、後継者は町民だけでなく、行政にも言える。

産廃の隠滅や不透明な土地取得を私は疑問のままで死にたくはなく。震災後の見える事の無い、全国からの「義援金」の所在も示さない町の行動は、そのお金がどう使われたかも知りたい。町内の学校への支援金は透明性が担保されている中で、亡くなった職員はその蔭でおこなわれているかも知れない、不正を見ているのに、なんで多くの裏切りの中で生きられるのか不思議だ。町民に話したら楽になれるのに! あの世まで持って行くつもりなのた。

スポンサーサイト

【 未分類 | CO:0 | TB:× | 07:54 】

COMMENT
POST A COMMENT


















 TOP