2016
01/28

なつかしい名前が 今も南三陸町の生徒を支援


昨日はアルバイトに来てもらった。地元にいる知人も少なくなり、昔のゴルフ仲間の後輩の奥様にお願いし来てくれた。年間通して考えても平均した仕事量は確保できず、時期に寄って大きく違い、常用雇用は無理な状況にあり、余分な従業員の雇用は我が社の状況からはできない。
私もだが常用の従業員も、何時どんな事があるが判らない。でも、震災後の再建と生活の中で、多くの困難を乗り越え家業の継続をして来れし、生かされてきた。

昨日は母校の志津川高校の会議に参加してきた。学校は今も多くの方々からの支援があり、被災地の真ん中の公立高校として、生徒達が勉学・スポーツに頑張っていた。その席上で「志津川高校を支援する会(仮称)」の事が紹介された。その中に懐かしい先生の名があった。あの鈴木悟先生? 「南三陸スマイル・アゲイン・プロジェクト」の代表となっていた。志高在職時代に仕事でお世話になり、生徒にも人気があり、転校し仙北の高校の校長となり、現在は退職されているだろう。もう一度会いく感謝の気持ちを伝えたい。高校を卒業し多くの先生方にお世話になったが、現在県立高校はネットによる県の印刷見積となり、仕事の参入には厳しい制約があり、学校へ仕事行く事は無くなった。卒業後にお世話になったのか、地元の工藤先生・三浦先生……など、多くの恩師先生がいた。母校に恩返しとして志津川高校の情報をブログ・情報誌で発信を続けている。その会議の中で、気仙沼市ではロータリークラブが、大学進学者に年間10万円?を数人に支援している話があった。学費に困っている生徒も少なくは無いと言う。私の同級生も奨学金で国立の大学に入り、大手企業に入社し一時借りた資金を返金した。しかし、現在は奨学金の返済に苦しむ生徒もいると校長は話す。考えているのは気仙沼のロータリーのような、返済の必要がない奨学金制度の構築と言う。私も残した私産を就学資金として支援もあると気付いた。ユニセフなど少ないが私産の有効活用を模索している。
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昨日は台湾からの観光客の南三陸町の「民泊」の姿をテレビで紹介していた。台湾の高校生の「頑張って」「ありがとう」の言葉に、夫を津波で亡くしたお母さんは、台湾の生徒の言葉に何度も涙していた。震災支援の恩返しとして民泊として手を上げたと言う。観光も一つながら、住民の多くの帰還が今は大切と私は思っている。

県の印刷組合の会議で、電力自由化と言う事で、シャープの社員が説明に来てくれた。判りやすいように組合の電気料金を参考に示した。年間で100万の電気量の6%が安くなる。料金の積算の部分の基本料の部分の減額となり、電力の自由化により参入企業ごとに設定される。我が社は「低電圧使用」で、月額5万で年間60万円、6%で3万6千円で月3全円の減額になる。東北電力への支払ながら、他の企業に変えて安定電力供給は大丈夫か心配だ。

高校の下の「グランドゴルフ場」は一年前に閉鎖と言う話もあったが、この地区に関わる業者が延長をしている。高齢者はこの措置に大感謝していた。高齢者の生活不活発病の改善と、地元の高齢者の交流は、町の再生に欠かせない活動と思う。


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