2016
01/26

町の分散と小さな集落の孤立へ


昨夜6時30分からの町民への「南三陸町総合計画(案)」の説明会があり行った。最大の人口減少問題への町の取り組み案を示した。町内の漁業・農協・商工などの組合長と、若い世代にも議論の場を広げ計画を練ったと言う。変わらないいつものメンバーで、特別な戦略かと思えば、説明者も「特別変わっていない」と言い、副町長も「町の想定する減少率に近づける計画」と話していた。参加者は40名余りながら、計画案への質問は4名だけだった。昨夜の説明会への周知も広報と「総合戦略推進会議」の委員の口コミと言うから驚いた。どんな周知をしても集まる人は、行政に近い人たちの声掛けの人以外は変わらない。メディアが入っている為に、町の復興は町民一丸だと発信する意味がある。町の総合計画案策定や町民の期待・関心行動が、国の交付金の査定に関係する。念公園の説明会でも、500名が入るアリーナに真実の町民数は20名に満たないとも、ある人は言う。町民の行政への町の再建への魅力も期待も薄い。言い訳をすれば未だに被災地状態で、心の癒しもゆとりも無い町民の実情を察知する。「早く安心できる生活が欲しい」のこれしかない。昨日の説明者も純粋な志津川・歌津の住民でない。企画課にトップの構想を支持する「創生室」が設置され、国から予算の獲得に「財務省」の人間を派遣として採用した。この室長の話が最後にあったが、南三陸町の甘さを指摘し、本当に必要な政策に立案に取り組んで欲しい。期待するのは今の所あなただけです。ある高校生を持つ母親の切々な話があり、「子どもは町で暮らしたいと言っている。働く場がない。」と言う。何でもいいから地元で家族とこれからも住み続けたいんだと発言した。今の近々の問題に、明快な言葉の説明は行政からは無かった。
渡された「町の将来人口推計」があり、2060年には最悪の状態で「4361人」で、町が対策を講じ減少を抑えた場合は「7143人」としていた。想定を厳しくしていた。これまでの復興計画に記載されたものから、大きく人口の減少想定を引き下げた。町の人口減少の抑制対策ではできなく、こんな低い想定に引き下げていた。これから暮らす住民の、高齢者・子供達から「夢も希望」も失墜させる内容だと私は感じた。こんな会議にも出ないと、知らない事が知らないうちに町で行われてしまう。自分の考えを「言わないよりは、言った方が良い」、この町で暮らす意義を、在り方を私は発言して行きたい。
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志津川地区の上保呂毛に2日続けて行った。山陰の集落で津波でガードレールも破壊されたままで、細い道路には道沿いの小川にガードの境は無く、ハラハラで運転した。こんな奥地の不便な所に震災後に再建住宅が4・5軒建っていた。畜産家は集めた家の切れ端で「牛舎」を再建し、生活の為に仕事を継続していた。町民の生活の苦悩が町の随所に見えるのに、町は復興交付金の元に華々しい復興の形を描く、町民の為と言いつつ自分たちの生活の糧に、環境整備に真っしぐらだ。45年後の町に立派な役場庁舎は必要だろうか。13400人から最悪4361人の町に、理想は高く現実は4千人余りの町、どんな町になるのか見たいが、私はもういないだろう!

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