2016
01/24

町内の復興格差と住民生活は震災後のまま


戸倉地区の復興は戸倉小の再建と、戸倉団地と地区の防災集団移転の整備が終わり、災害公営と団地の土地の整備は年度内に完了し、個人の住宅再建へと進んでいる。しかし、戸倉地区全体を見ても、戸倉の入口である「陸前戸倉駅」の再建を町は早々断念を表明し、BRTの整備を進め、町内のJR東日本の町内の「停留所」の環境整備の資金を、JRから出してもらう政策へと進めている。
震災後も戸倉団地の産業廃棄物の処理を県に、防災庁舎の保存も「県有化」として町の対応は、被災地だからと他人に任せる自治体で、自分では資金を含め何もできないと諦めている。町民は住宅再建や環境対策は、住宅補助金はあるものの、金利補助はローンの利子であり、建設費の補助はり災加算金の150~200万と、政府の被災地支援対策でしかなく、自治体の再建には全て復興交付金が充てられ、行政の仕事は引かれたレールの上を走っているだけだと私は思う。
戸倉地区は国道45号の玄関口の「荒町」を通過すると、写真のような原野が、五年が経つ今も続き志津川に至る。三陸道の建設は今後の戸倉地区のストロー化を生み、益々の地域の疲弊に繋がるだろう。そういう意味でも「陸前戸倉駅」の再建は必要なのに、?・疑問だ。
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昨日も飯野川の「アップルタウン」に買い物に行く。買い物は「100円ショップ」のダイソーで、クリラファイルを50枚、100円老眼鏡、クリップ、赤黒ペンを買い、1000円内で収まった。町の量販店で買ったら2000円は掛かるだろう。スーパーではジャガイモ・人参・玉ねぎ、惣菜サラダとアジのフライ、160円の8個のぼたもちを買い、御菓子店で350円のガンズキを父に買い、2000円で済んだ。昨夜からの最大の冷気が日本列島を覆うという事で、防寒着を「フジヤ」で帽子2つ・靴下3足・腹巻・ジャージ等、4500円で買い、晩御飯は850円のエビフライ定食を食べ、夜6時30分に帰って来た。支出の削減に町での暮らしは町外に出るしかない。
92歳の父親との生活、買い出しは自分しかない。父は自分の事は自分とご飯の準備、自分が歩く敷地内の除雪・掃除をしてくれる。私の仕事の間の生活品の購入は、空いている時間で隣町に、安い物を購入するようにしている。
南三陸町に「100均」ができたら被災住民は大助かりだろう。しかし、地元で頑張る商店の為に、スーパーの出店は延期され、勿論、格安店の進出も町の産業振興課は、町の商店を守る為に難しいようだ。遅くなっても町民が求める環境は近いうちに来る気がする。

我が社ももう先は無い。後継者が居なく15年の住宅ローンが終わるまでと思っているが、それは叶わない現実と思っている。どうして楽しく余生を生きれるか、その模索と活動をし続けている。今から雪かきをする。「12㎝」ぐらいは積もった、これからまた降らないとも限らない。午後4時から同級生の集まりで入谷まで行く。この雪だと20分は係る。怖いが出かける。
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