2016
01/20

町も人も大きく変わったが大自然だけは昔のまま


昨日は夕方4時ごろに図書館に用事で出かけた。そこから西の双内山がくっきりと雪景色になり、町を優しく包むようにその姿があった。一角に「あさひ幼稚園」が見える。サッカーの長谷部選手の一億円と、大雄寺の山門の樹齢半世紀にも及ぶ、津波被害の参道の杉を利用し建てられた物ながら、住宅建設の用地の中にあり造成が進み、周囲が削られ園舎だけが残り、その周りから基礎土が崩れトン袋で補強されていた。多くの問題があるだろうが支援に感謝し、そのまま利用した方法は無かったのかと思う。しかし、大自然は人がやる事を全て見てくれている。それが自然の人への猛威として「制裁」「戒め」を与えているようだ。
前町長の建設した「ベイサイドアリーナ」が神々しく輝く姿を見る事ができた。多くの町民の一次避難場所として命を守り、南三陸町の防災対策拠点して大切な役割を果たしてきた。
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18日から町立南三陸病院で「透析治療」が始まった。歯科医院で3年ぶりに仲間と会った。57年来の悪友の中の親友だ。志津川保育所からの付き合いで、悪い事もしてきたし、スポーツでも違う土俵で学校の代表として頑張って来た。その彼も「透析治療」をしている。登米市まで週3回の治療の大変さを聞いていた。私が知るだけで町に10人はいるだろうか。
18日の治療に行って来たと言う。「近くにあるから楽だ」「透析でも仕事もできる」と、町にできた透析施設で喜びの声を上げる。この日は4人の患者が治療を受けた。現在は2人の医師と4人の看護師の体制で診察にあたると言う。現在は13人の患者の対応にあたり、住宅再建に伴い患者が増える事を予想している。公立志津川病院が平成13年に透析部門を廃止し、民間の南三陸リクニックで透析は町で行われていたが、大震災で登米市南方を中心に周辺の治療院に通院していた。現在は40人前後の透析患者がおられ、新しく患者予備軍もいると聞く。三陸道が開通すれば「陸の孤島」からの脱却となる気もするが、患者の車移動は健康な人間には判らない苦労がある。
私の町の病院に透析施設完備の活動が、実を結んだ状況を見聴きして嬉しい。私も糖尿病を持ち近い将来に透析になる可能性を秘めている。他人事ではない。入谷の西城先生に感謝で、きっと喜んでいる事と思う。共に活動を行ってくれたが、設置までには間にあわなかった。
同級生がゾクゾクと住宅再建の話を聞く。私の仲間たちは早めに住宅再建を終えている人間が多く、地元に残り頑張ろうと心で呟いている。

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