2016
01/19

多くの悲しみの上に町再建がある


私が同級会の中にいる事で、その再会には必ずこれまでの歩みの資料を作成していた。多くの仲間が津波で流出していない限りは、仲間が大切に持っていてくれていた。
中学校卒業30年の同級会の表紙には、志津川中学校から見える志津川駅前の風景を印刷した。現在は荒地の志津川地区の風景としてテレビで見られ、被災の現状を見る場所として時折、観光客や来町者を案内している。
1月30日の還暦同級会まで残り10日余りとなった。今回は中学当時や32歳の同級会の資料をまとめた冊子と、高校時代のアルバム復刻版を作成し、震災で亡くなった仲間の笑顔の写真に触れて貰いたい。高校の冊子は当日に購入をお願いしたい。
昨日の強風で会社玄関の案内板が倒れた。強固なものではないが花やクリスマスイルミを小さく飾っていた。

中国人の爆買ツアーが今も続いているが、中国の隆盛も一時期の活気が薄れている、株価の下落、輸出入の減少が始まり経済の低迷の中で、軍備・領土の拡大は今も続き、中国人の爆買は収まる所を知らない。日本も原油の価格の下落がありガソリンが安いと喜んでばかりもいられない。ここ4・5日で円が3円安くなり株も2000円も下落した。
デパートの売り上げは4年ぶりに減少した。中国人の爆買が続いていても地方の購買力の低下がこの現状に繋がっている。日本経済に貢献しているのはグローバルな企業経営だけでなく、地方の国民の購買が日本の安定を生んでいる事を忘れてはいけない。
南三陸町もこんな状態にあり、商業・建設・漁業・観光があっても、町民の税収が町の一番の財源の元になっている。26年の税収は10億を超え、22年の震災前の8割まで戻ったと言う。一部の町民の納税が多い事もあるが、個々の町民の多くの世帯の納税が大きい。その為にも町民の流出を防ぐ政策が町を救う。
歌津に出来た仮設住宅の再利用の定住住宅があり、5戸の募集に6人の応募があった。40歳以下で移住者が対象で30年3月待では家賃が半分だ。この人たちが将来も町に住み続けるかは、働く場の確保が必須で、現在は町の復興の工事や町づくりの雇用があるものの、このまま雇用が維持できるかと言うと不透明だ。復興交付金が終われば、住民サービスも低下し暮らし難い町を去る事も予想される。故郷に流出した住民を呼び戻す事の大切さを思う。
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剣道の見学に夜、中学校武道館行った折に、表紙の写真と同じ場所から低地部を撮影した。震災直後に向かいの旭ヶ丘からの町は「灯り」が一つ残らず消えていた。ここまで5年近くで明かりが戻った。

町立南三陸病院はこれから「毎年1億円」の赤字も元に運営されると報道は言う。町民は関係ないと言う人も多くが、町に納める私たち町民の税金からの支出である事を忘れてはいけない。震災前までは毎月3千万の赤字で年間3億6千万の町からの財政支出で成り立っていた。それが1億の負担で済むなら改革となったと言える。しかし、90床の入院施設に患者が半分しかないと問題は山積だ。一昨日前の父の診察は3時間と半分になったものの、先生と患者が少ないせいか多く話が出来たと喜んでいた。果たしてこれでいいのかとも思った。

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